【技術士試験】ホームズの推理:最後の5分で減点の指紋を消す(後編)

提出前に見るべき7つの鑑識ポイント

プロローグ:最後に残るのは、思考の粗さである

坂戸市、ベイカー街221B。

前編で、ワトソン博士は提出前の答案から、設問不適合、抽象的課題、一般論の解決策、事故後対応のリスクという指紋を見つけた。

しかし、机の上にはまだ赤い印が残っている。

「評価が感想」
「倫理が飾り」
「文章が読みにくい」

ワトソン博士
「ホームズ、前編で答案の骨格は見直した。だが、まだ後半が弱い。特に評価と倫理は、時間がなくなるとどうしても雑になる」

シャーロック・ホームズ
「そこが提出前の答案に残る最後の指紋だ。前半で論理を組み立てても、最後が感想とお題目で終わると、答案全体の印象が落ちる」

ワトソン
「たしかに、『今後も継続的に改善する』『技術者倫理に留意する』と書けば、何となく締まった気がする」

ホームズ
「それが罠だ。締まった気がするだけで、採点者には中身が見えない」

ワトソン
「では、後編では何を見る?」

ホームズ
「残り3つの鑑識ポイントだ」

5 評価は指標と改善につながっているか。
6 倫理は公衆の安全・福利に接続しているか。
7 文章は採点者が迷わず読めるか。

ホームズ
「この3つは、答案の最後で崩れやすい。だが、最後の5分でも修正しやすい。特に、評価と倫理は一文を変えるだけで印象が変わる」

第1章:鑑識ポイント5 評価は指標と改善につながっているか

ホームズ
「まず評価だ」

ワトソン
「評価は、効果を書くところではないのか?」

ホームズ
「効果だけでは足りない。評価とは、対策を実施した後に、結果を確認し、必要に応じて改善することだ」

評価が感想で終わる答案には、典型的な形がある。

【悪い例】
「以上の対策により、効果的な老朽化対策が期待できる。今後も継続的に改善していく」

ワトソン
「これは、本当によく見る」

ホームズ
「そうだ。だが、何を見て効果的と判断するのかが分からない。評価指標がない。改善に何を反映するのかも分からない」

【提出前の修正例】
「対策実施後は、補修対象施設の健全度、補修進捗率、通行規制件数を指標として効果を確認する。劣化進行が想定より早い施設は、補修優先順位を見直し、次年度計画へ反映する」

ワトソン
「これなら、評価になっている」

ホームズ
「そうだ。評価には、最低限3つの要素が必要だ」

何を指標に見るか。
どう確認するか。
確認結果を何に反映するか。

技術士試験では、評価という言葉が出てこなくても、最後に効果や改善を述べる場面がある。
そのときに「効果的」「有効」「重要」だけで終わると弱い。

【悪い例】
「住民説明を行うことで、理解促進を図る」

【提出前の修正例】
「住民説明後は、説明会での意見、苦情件数、問い合わせ内容を整理し、交通規制時間や通学路の安全対策へ反映する。反映結果を再周知し、説明責任を果たす」

ホームズ
「こちらは、住民説明を単なる行為で終わらせていない。住民の反応を確認し、施工計画へ反映している」

ワトソン
「評価とは、結果を次の行動につなげることなのだな」

ホームズ
「その通りだ。評価は感想ではない。改善の入口である」

最後の5分で評価を直すときは、次の問いを使うとよい。

指標があるか。
記録に残るか。
次の計画や手順に反映されるか。
想定と違った場合の見直しがあるか。

ホームズ
「一文でもよい。『〇〇を指標として確認し、結果を△△へ反映する』と書ければ、評価の形になる」

ワトソン
「最後の5分で使える型だな」

【評価の型】
「実施後は、〇〇、△△、□□を指標として効果を確認する。その結果を計画、台帳、手順に反映し、想定と異なる場合は優先順位や実施方法を見直す」

ホームズ
「この型は、多くの答案で使える。ただし、指標はテーマに合わせて変えることだ」

たとえば、老朽化対策なら、健全度、補修進捗率、事故・通行規制件数。
施工管理なら、事故件数、是正件数、工程遅延日数、品質不適合件数。
環境対策なら、CO2排出量、騒音・振動測定値、苦情件数。
人材育成なら、教育受講率、資格取得者数、点検診断のレビュー結果。
情報管理なら、インシデント件数、復旧時間、アクセス権限の棚卸結果。

ワトソン
「評価指標が具体的だと、答案が締まるな」

ホームズ
「そうだ。最後の5分で、感想を評価に変える。これは効果が大きい」

第2章:鑑識ポイント6 倫理は公衆の安全・福利に接続しているか

ホームズ
「次は倫理だ」

ワトソン
「倫理は苦手だ。どうしても最後に『技術者倫理に留意する』と書いてしまう」

ホームズ
「その一文は、書かないよりはよい。しかし、弱い。倫理は飾りではない。判断基準である」

技術者倫理で最も重要なのは、公衆の安全、健康、福利を優先することである。
発注者、所属組織、施工者、利用者、住民など、利害関係者の要求は一致しない。
その中で技術者は、短期的なコストや工期だけでなく、公衆の安全と福利を優先して判断しなければならない。

【悪い例】
「コスト縮減を図り、効率的に事業を進める。なお、技術者倫理に留意する」

ワトソン
「これは、倫理が最後に貼り付けられているだけだな」

ホームズ
「その通りだ」

【提出前の修正例】
「コスト縮減を図る場合でも、構造物の安全性と維持管理性を低下させてはならない。設計変更時は、基準適合性、耐久性、点検補修の容易性を確認し、必要に応じて発注者へ安全上の影響を説明する」

ワトソン
「こちらは、経済性と安全性の関係が見える」

ホームズ
「倫理は、トレードオフの場面で力を持つ。工期短縮と住民安全、コスト縮減と耐久性、効率化と情報保護、利便性と環境保全。どちらを優先し、どう調整するかを書くのだ」

別の例を見よう。

【悪い例】
「夜間施工により工期短縮を図る。施工に当たっては安全に留意する」

【提出前の修正例】
「夜間施工により工期短縮を図る場合でも、沿道住民の生活環境と歩行者の安全を優先する。事前に騒音・振動を予測し、基準超過が懸念される場合は低騒音機械の採用や施工時間帯の見直しを行う。また、通学路や高齢者施設周辺では誘導員を配置し、仮設歩行空間を確保する」

ワトソン
「公衆の安全・福利が具体的になっている」

ホームズ
「そうだ。倫理とは『安全に留意する』と書くことではない。安全を損なうおそれがある場面で、何を確認し、何を見直すかを書くことだ」

技術者倫理を最後の5分で点検するときは、次の問いが有効である。

公衆の安全・健康・福利に触れているか。
短期的利益より安全を優先する判断があるか。
説明責任や情報共有があるか。
法令・基準・環境への配慮があるか。
弱者や将来世代への影響を見落としていないか。

ホームズ
「倫理の一文を直すなら、次の型がよい」

【倫理の型】
「〇〇を進める場合でも、公衆の安全・福利を優先する。そのため、△△を確認し、必要に応じて□□を見直す。また、関係者へ根拠と影響を説明する」

ワトソン
「この型なら、飾りではなく判断になる」

ホームズ
「その通りだ」

第3章:鑑識ポイント7 文章は採点者が迷わず読めるか

ワトソン
「最後は文章表現だな」

ホームズ
「そうだ。どれほど内容がよくても、読みにくい答案は損をする。最後の5分では、文章の美しさではなく、採点者が迷わず読めるかを確認する」

チェックすべき文章の指紋は、次の通りである。

一文が長すぎる。
主語と述語がねじれている。
「適切に」「十分に」「必要な」など便利語が多い。
見出しと本文が対応していない。
設問番号と答案の番号がずれている。
同じ内容を繰り返している。
文末が「です・ます」と「である」で混在している。

ワトソン
「最後の10分で文章まで直せるのか?」

ホームズ
「全部は無理だ。だが、危険な箇所だけなら直せる」

【悪い例】
「老朽化した下水道施設については、人口減少に伴う使用料収入の減少や維持管理人材の不足、さらに近年激甚化している豪雨災害への対応の必要性なども踏まえつつ、将来にわたって持続可能な事業運営を実現するため、点検、更新、耐水化、広域化を含めた総合的な対策を計画的に推進していくことが重要である」

ワトソン
「長い。息が切れる」

ホームズ
「最後の10分で全部を整えるなら、文を分けるだけでよい」

【提出前の修正例】
「老朽化した下水道施設では、計画的な更新が課題である。理由は、人口減少により使用料収入が減少し、投資余力が低下しているためである。加えて、維持管理人材も不足している。そのため、点検の高度化、更新優先順位の明確化、耐水化対策を一体的に進める」

ワトソン
「かなり読みやすくなった」

ホームズ
「一文一意にするだけで、答案の印象は変わる」

また、便利語も減点の指紋になる。

【悪い例】
「関係者と十分に連携し、適切な対策を着実に推進する」

【提出前の修正例】
「道路管理者、警察、沿道住民と事前協議を行い、施工時間帯、交通規制方法、迂回路を決定する」

ホームズ
「『十分に』『適切に』『着実に』を、具体的な行動に変えた」

ワトソン
「最後の5分では、便利語を見つけたら置き換えるのだな」

ホームズ
「そうだ。すべては無理でも、最も目立つ便利語を一つ消すだけでよい」

文章点検の問いは、次の通りである。

一文が長すぎないか。
主語と述語が対応しているか。
見出しと本文が対応しているか。
設問番号と答案番号が一致しているか。
「適切に」「十分に」「強化する」で逃げていないか。
採点者が一読して意味を取れるか。

ホームズ
「文章は、採点者への配慮である。読みにくい答案は、それだけでコミュニケーション能力を疑われる」

第4章:最後の10分の使い方

ワトソン
「7つの鑑識ポイントは分かった。だが、本番で10分しかない場合、どの順番で見るべきだ?」

ホームズ
「優先順位がある」

第1に、設問番号と見出しを確認する。
第2に、設問要求に答えている一文があるかを見る。
第3に、課題と解決策が対応しているかを見る。
第4に、リスクが事故後対応だけになっていないかを見る。
第5に、評価と倫理の一文を整える。
第6に、長すぎる文や便利語を一つだけ直す。
第7に、最後に誤字、番号ずれ、空欄を確認する。

ワトソン
「全部を完全に見るのではなく、減点が大きい順に見るのだな」

ホームズ
「その通りだ。最後の10分で、満点答案へ変えることはできない。しかし、明らかな減点を減らすことはできる」

最後の5分でやってはいけないこともある。

新しい課題を追加しない。
新しい解決策を無理に入れない。
知らない専門用語を思いつきで入れない。
前半と矛盾する一文を足さない。
最後の結論を大きく変えない。

ワトソン
「なぜ駄目なのだ?」

ホームズ
「答案の整合性が崩れるからだ。最後に思いついた論点は、魅力的に見える。しかし、前半の課題や解決策とつながらなければ、ただの異物である」

ワトソン
「最後の10分は、足す時間ではなく、整える時間か」

ホームズ
「その通りだ」

第5章:提出前チェックリスト

ホームズ
「では、実際に使える形にまとめよう」

提出前に見るべき7つの鑑識ポイントは、次の通りである。

1 設問に答えているか。
「課題」「解決策」「手順」「留意点」「リスク」「評価」「倫理」のどれを問われているかを確認する。

2 課題は解ける粒度になっているか。
「効率化」「高度化」「連携」だけで終わっていないかを見る。

3 解決策は「何を、どうする」まで書けているか。
判断材料、実施内容、効果があるかを確認する。

4 リスクは発生前の対策になっているか。
事故後対応だけでなく、予防策や影響低減策があるかを見る。

5 評価は指標と改善につながっているか。
「効果的」「重要」で終わらず、指標と見直しを書いているかを見る。

6 倫理は公衆の安全・福利に接続しているか。
工期、コスト、効率よりも安全・福利を優先する判断があるかを見る。

7 文章は採点者が迷わず読めるか。
一文一意、番号対応、便利語の排除、文体統一を確認する。

ワトソン
「これなら、試験本番の最後に見られる」

ホームズ
「紙の端に覚えておいてもよい。だが、実際には何度も練習して、自然に見られるようにすることだ」

エピローグ:減点の指紋は、提出前に消せる

試験終了の合図が近づく。
周囲の受験生は、最後の一文を書き足そうとしている。

ワトソン博士は、かつての自分ならそうしていただろうと思った。
しかし、今は違う。

彼は答案を読み返す。
設問に答えているか。
課題は具体的か。
解決策は実施内容まで書けているか。
リスクは発生前の対策か。
評価は指標につながっているか。
倫理は公衆の安全・福利に接続しているか。
文章は読みやすいか。

ワトソン
「ホームズ、最後の10分で新しいことを書く必要はないのだな」

ホームズ
「そうだ。最後の10分は、推理を広げる時間ではない。証拠を整え、矛盾を消し、減点の指紋を拭き取る時間だ」

ワトソン
「もし、時間が本当に足りなかったら?」

ホームズ
「そのときは、まず設問対応を見る。次にリスクと倫理を見る。なぜなら、この2つは最後に雑になりやすく、採点者にも目立つからだ」

ワトソン
「最後に『技術者倫理に留意する』だけでは足りない」

ホームズ
「その通りだ。公衆の安全・福利を優先する判断を書く。評価では指標と改善を書く。文章では採点者に探させない。これだけで答案は少し締まる」

ワトソンは答案用紙を見つめた。
そこには、まだ完璧とは言えない文章が並んでいる。
だが、明らかな減点の指紋は少しずつ消えていた。

ホームズ
「ワトソン君、技術士試験の答案は、最後まで名文である必要はない。しかし、採点者が迷わず読める論理でなければならない」

ワトソン
「最後の10分は、その論理を守るための時間なのだな」

ホームズ
「その通りだ」

提出前に、もう一度だけ答案を見る。
新しい知識を足すためではない。
自分の答案に残った減点の痕跡を見つけるためである。

問題文に答えているか。
課題は解ける形か。
解決策は具体か。
リスクは予防になっているか。
評価は改善につながるか。
倫理は公衆の安全・福利を優先しているか。
文章は読み手に親切か。

この7つを確認するだけで、答案は大きく崩れにくくなる。

ホームズは、静かに万年筆を置いた。

ホームズ
「最後の10分で、合格答案を一から作ることはできない。だが、不合格答案に残った指紋を消すことはできる」

ワトソン
「提出前の鑑識だな」

ホームズ
「その通りだ。事件現場を見落とす者は、真相に届かない。答案用紙を見直さない者は、合格に届かない」

そして、ベイカー街の時計が静かに鳴った。
試験終了の合図のように。

しかし、ワトソンの答案は、もう先ほどの答案ではなかった。
最後の10分で、余計な指紋が消されていた。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

この記事を書いた人

匠 習作

代表:匠 習作(たくみ しゅうさく・本名は菊地孝仁)
開講10年の歴史/総受講者数650名以上/web授業の先駆者

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