【技術士試験】ホームズの推理:最初の10分で合否の8割は決まる(後編)

問題文という事件現場から証拠を拾え

プロローグ:罠に掛かったのは、知識のある受験生だった

坂戸市 ベイカー街221B。

前編の講義を終えたワトソン博士は、古い答案を何枚も広げていた。
そこには、奇妙な共通点があった。

専門用語は多い。
文章量もある。
しかし、設問に答えていない。

ワトソン博士
「ホームズ、これは不思議だ。知識の少ない受験生なら分かる。だが、この答案を書いた受験生は、かなり勉強している。なぜ問題文の罠に掛かるのだ?」

シャーロック・ホームズ
「知識があるからだよ、ワトソン君」

ワトソン
「知識があるから罠に掛かる?」

ホームズ
「そうだ。知識のある受験生は、問題文を見た瞬間に『これはあの論点だ』と判断する。そして、準備していた答案を頭の中から取り出す。だが、その瞬間に観察が止まる」

ワトソン
「なるほど。事件現場を見た瞬間に、過去の事件と同じだと思い込むわけか」

ホームズ
「まさにそれだ。探偵にとって最も危険なのは、早すぎる結論である。技術士試験でも同じだ。最初に浮かんだ構成は大切にすべきだが、問題文に戻って検証しなければならない」

ワトソン
「後編では、その検証方法を教えてくれ」

ホームズ
「よろしい。今回は、引っ掛けの見抜き方と、答案構成を決める手順を扱おう」

第1章:引っ掛けは、派手な場所ではなく小さな言葉に潜む

ホームズ
「引っ掛け問題というと、奇抜な問題を想像するかもしれない。だが実際の罠は、問題文の小さな言葉に潜んでいる」

ワトソン
「小さな言葉?」

ホームズ
「たとえば、『技術的見地から』『多面的な観点から』『業務を進める手順』『留意点』『工夫点』『新たに生じうるリスク』『公衆の安全・福利』といった言葉だ」

これらは、単なる飾りではない。
答案の方向を指定する信号である。

【罠1】「課題」を問われているのに、背景を書く

【設問例】
人口減少下における下水道施設の維持管理について、課題を3つ抽出せよ。

【悪い例】
下水道施設は高度経済成長期に整備され、今後老朽化が進む。また、人口減少により使用料収入が減少し、維持管理人材も不足する。そのため、持続可能な下水道事業の運営が重要である。

ワトソン
「内容は正しいが、課題が出ていない」

ホームズ
「そうだ。これは背景説明であって、課題抽出ではない」

【改善例】
課題は次の3点である。
第1に、限られた財源の中で更新優先順位を明確化することである。理由は、使用料収入の減少により、全施設を同時に更新することが困難だからである。
第2に、点検・診断結果を維持管理計画に反映することである。理由は、劣化状況を把握しても、補修時期や予算要求に結び付かなければ更新が進まないためである。
第3に、災害時にも機能を維持できる施設管理体制を構築することである。理由は、浸水や地震により処理機能が停止すると、公衆衛生や生活環境に大きな影響を及ぼすためである。

ホームズ
「問題文が『課題を抽出せよ』と言ったら、まず課題を出す。背景は必要最小限でよい」

第2章:「業務手順」を問われたら、評論家になってはいけない

ワトソン
「次の罠は何だ?」

ホームズ
「業務手順を問われているのに、評論家のような答案を書くことだ」

【設問例】
道路橋の補修設計業務を担当することになった。業務を進める手順と、留意すべき点を述べよ。

【悪い例】
道路橋の補修では、老朽化対策を計画的に進めることが重要である。また、点検結果を踏まえ、関係者と連携し、適切な補修工法を選定する必要がある。

ワトソン
「これも一見悪くないが、手順になっていない」

ホームズ
「その通りだ。『重要である』『必要である』は評論である。業務手順を問われたら、時系列で書く必要がある」

【改善例】
まず、既往点検結果、設計図書、補修履歴、交通量、周辺環境を収集する。
次に、現地調査を行い、ひび割れ、剥離、鉄筋腐食、支承部の変状などを確認する。
その上で、劣化原因を推定し、耐荷性能、耐久性、施工性、交通規制への影響を比較して補修工法を選定する。
設計後は、施工時の交通規制、騒音・振動、第三者被害防止に留意し、関係機関と協議する。

ホームズ
「手順問題では、『まず』『次に』『その上で』『最後に』という時間の流れが重要だ」

ワトソン
「課題問題と手順問題では、同じテーマでも書き方が全く変わるな」

ホームズ
「そこが罠だ」

第3章:「留意点」と「工夫点」は同じではない

ワトソン
「留意点と工夫点も、よく混同されるな」

ホームズ
「そうだ。留意点は、失敗しないために注意すべきこと。工夫点は、よりよく実施するための具体的な改善である」

【悪い例】
施工時は安全に留意し、関係者と連携して適切に実施する。

ホームズ
「これは留意点にも工夫点にもなっていない。ただの願望だ」

【改善例:留意点】
市街地での道路掘削では、地下埋設物の損傷に留意する。事前に占用台帳を確認するだけでなく、試掘や探査により埋設位置を確認し、施工時は管理者立会いの下で掘削する。

【改善例:工夫点】
交通影響を抑えるため、施工区間を小分けにし、夜間施工と昼間開放を組み合わせる。また、周辺住民には規制期間、迂回路、騒音発生時間を事前周知し、苦情受付窓口を明確にする。

ワトソン
「留意点はリスクを外さないための注意、工夫点は制約下でよりよく進める方法、と考えればよいか」

ホームズ
「よい整理だ。問題文が『留意点及び工夫点』と書いているなら、両方を書く。どちらか一方だけでは弱い」

第4章:答案構成は「候補を広げる」のではなく「候補を検証する」

ワトソン
「ここで、最初の10分の具体的な使い方を教えてくれ」

ホームズ
「よろしい。最初の10分は、次の5段階で使う」

第1段階、問題文を一度通読する。
第2段階、対象、立場、制約、設問要求に印を付ける。
第3段階、答案の大見出しを設問番号に合わせて書く。
第4段階、最初に浮かんだ構成をメモする。
第5段階、その構成が問題文の条件と矛盾しないか検証する。

ワトソン
「構成を先に決めるのか」

ホームズ
「そうだ。答案を書きながら考えるのは危険だ。書きながら考えると、前半と後半で論理が変わる」

たとえば、Ⅲ問題で次のような設問があったとする。

【設問例】
近年、激甚化する水害に対し、河川管理者の立場から、流域全体で被害を軽減するための課題を3つ抽出し、最も重要な課題とその解決策を述べよ。また、解決策を実施した場合に新たに生じうるリスクと対応策を述べよ。

この問題で、最初に次の構成が浮かんだとする。

課題1:流域全体で雨水を貯留・浸透させること
課題2:河川整備の優先順位を明確化すること
課題3:住民避難の実効性を高めること
最重要課題:流域全体で雨水を貯留・浸透させること
解決策:流域治水の推進
リスク:関係者が多く、合意形成が遅れる
対応策:役割分担と効果の見える化

ワトソン
「悪くない構成に見える」

ホームズ
「悪くない。だが、このまま書く前に検証する」

対象は水害対策である。
立場は河川管理者である。
目的は流域全体で被害を軽減することである。
課題は3つ必要である。
最重要課題を1つ選ぶ必要がある。
リスクは、解決策を実施した結果、新たに生じうるものである。

ホームズ
「ここで注意すべきは、リスクだ」

ワトソン
「なぜ?」

ホームズ
「『合意形成が遅れる』は、流域治水を実施する上で新たに生じるリスクというより、実施前から存在する課題に近い場合がある」

ワトソン
「なるほど。新たに生じうるリスクと、もともとの課題を混同しているかもしれない」

ホームズ
「その通りだ。そこで、リスクをこう変える」

【改善後のリスク】
流域内の貯留施設や土地利用対策を進めることで、特定地域に管理負担や土地利用制約が集中し、地域間の公平性に対する不満が生じるリスクがある。

【対応策】
対策効果、負担内容、費用分担を可視化し、流域協議会で関係者の役割を調整する。また、効果が高い地域から段階的に実施し、モニタリング結果を公表する。

ワトソン
「こちらの方が、解決策から生じるリスクになっている」

ホームズ
「このように、最初に浮かんだ構成を問題文に照らして検証する。これが最初の10分で行うべきことだ」

第5章:引っ掛けを見透かす 3つの問い

ワトソン
「引っ掛けを見抜くための問いはあるか?」

ホームズ
「ある。次の3つを自分に問うとよい」

第1に、これは何を問われているのか。
第2に、自分が書こうとしていることは、問題文のどの言葉に対応しているのか。
第3に、準備してきた答案を無理に当てはめていないか。

ワトソン
「3つ目が痛いな」

ホームズ
「多くの受験生は、ここで罠に掛かる」

【悪い例】
問題文は「生成AIを要件定義からテストまで一貫して利用する際の業務手順」を問うている。
しかし、答案は「生成AI利用ガイドラインの作成」だけで終わる。

ホームズ
「ガイドライン作成は必要だ。だが、設問が求めているのは、要件定義、設計、実装、テストの各段階でどう使い、どう統制するかである。統制だけに偏ると、題意からずれる」

【改善例】
要件定義では、生成AIを用いて利用者要求や制約条件を整理する。ただし、出力内容は発注者・利用部門と確認し、要求の抜け漏れを防ぐ。
設計段階では、設計案やレビュー観点の抽出に活用する。ただし、セキュリティ、保守性、法令適合性は技術者が確認する。
テスト段階では、テストケース案の作成に活用する。ただし、重要機能や安全に関わる機能は人間が妥当性を確認し、結果を記録する。

ワトソン
「これなら、生成AIの活用と人間の統制が両方入る」

ホームズ
「そうだ。問題文の射程を外していない」

第6章:最初の 10分で作る答案メモ

ワトソン
「実際に、最初の10分ではどの程度メモを書けばよいのだ?」

ホームズ
「詳しく書きすぎてはいけない。見出しと骨子で十分だ」

たとえば、必須科目であれば次のようなメモでよい。

【答案メモ例】
対象:建設部門全般、インフラ老朽化
制約:予算、人材、災害激甚化
課題1:更新優先順位
課題2:点検・診断品質
課題3:住民・利用者影響
最重要:更新優先順位
解決策:台帳、健全度、重要度、代替性、段階更新
リスク:データ誤りで優先順位を誤る
対策:入力ルール、複数確認、定期更新
倫理:公衆安全、説明責任、弱者配慮
評価:健全度、事故・規制件数、補修進捗

ワトソン
「この程度なら、短時間で書けるな」

ホームズ
「これで十分だ。答案の設計図ができれば、あとは設計図に沿って書く」

ワトソン
「設計図なしに書くのは、施工図なしに工事を始めるようなものか」

ホームズ
「実に技術者らしい比喩だ、ワトソン君」

エピローグ:最初の10分は、沈黙の推理である

試験会場では、開始の合図とともに周囲の受験生が一斉に書き始める。
その音を聞くと、焦りが生まれる。

ワトソン
「本番では、周りが書き始めると焦るだろうな」

ホームズ
「焦る必要はない。最初の10分、君は何もしていないのではない。最も重要な推理をしている」

ワトソン
「沈黙の推理か」

ホームズ
「そうだ。問題文を観察し、証拠を拾い、仮説を立て、検証する。探偵が事件現場で行うことと同じだ」

ワトソン
「そして、構成が決まったら書き始める」

ホームズ
「その時点で、答案の進む道は見えている。迷いながら書く答案より、はるかに強い」

ワトソン
「最初に浮かんだ構成を大切にする。ただし、問題文で検証する。これが要点だな」

ホームズ
「その通りだ。直感だけでは危険だ。だが、検証された直感は強い」

最後に、ホームズはワトソンの答案用紙の余白に、短くこう書いた。

問題文は事件現場である。
最初の10分で証拠を拾え。
書き始めるのは、それからでよい。

ワトソンは万年筆を置き、深くうなずいた。

彼はようやく理解した。
試験開始直後に必要なのは、反射的に書く速さではない。
問題文を読み解く読解力と、答案構成を組み立てる論理的思考力である。

知識は重要である。
しかし、知識だけでは答案にならない。

問題文から証拠を拾い、最初に浮かんだ構成を検証し、設問に沿って論理を並べる。
それができたとき、答案は初めて合格答案へ向かう。

ホームズ
「ワトソン君、よく覚えておきたまえ。試験開始直後に最も危険なのは、何も考えずに書くことだ」

ワトソン
「そして、最も価値があるのは、沈黙して観察することだな」

ホームズ
「その通りだ。名探偵も、名人棋士も、優れた技術者も、最初に見るべきものを見ている。そこに違いはない」

ベイカー街の窓の外で、馬車の音が遠ざかった。
机の上には、まだ白い答案用紙が置かれている。

だが、ワトソンの目には、もう白紙には見えていなかった。
そこには、問題文という事件現場から拾い上げた証拠が、すでに整然と並び始めていた。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

この記事を書いた人

匠 習作

代表:匠 習作(たくみ しゅうさく・本名は菊地孝仁)
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