目次
合格答案に必要な論理の足跡
坂戸市 ベーカー街221B
前編で、ホームズとワトソンは答案用紙に残る不合格の痕跡を追った。
技術課題ではなく行政課題になっている答案。
問題文の言葉を勝手に広げている答案。
文章が長く、主語と述語が離れている答案。
ワトソン博士は、今度は別の答案を机に置いた。
「ホームズ、前編では不合格の痕跡を見た。だが、受験生が知りたいのは、どうすれば合格答案に近づくかだ。合格答案には、どんな特徴があるのだろう」
ホームズは虫眼鏡を取り上げた。
「簡単だよ、ワトソン君。合格答案には、論理の足跡が残っている」
「論理の足跡?」
「そうだ。試験委員が答案を読んだとき、『この受験者は問題文をこう読み、こう課題を設定し、こう解決策へつなげたのだな』と追える状態だ。答案用紙の上に、思考の道筋が残っている」
ワトソンはうなずいた。
「では、令和7年度建設部門の必須問題Ⅰ-2を題材に、その足跡をたどってみよう」
1 合格答案の第一歩は「問題文の範囲を守る」こと
この問題の中心は、「経済成長の実現を目的とする社会資本整備」だ。
したがって、答案の第一歩は、経済成長を大きく論じることではない。
国際競争力の強化や地域産業の振興に必要な社会資本整備を、建設部門の技術者としてどう進めるかを論じることである。
ホームズは言った。
「合格答案の足跡は、まず問題文の範囲から始まる。問題文の外に出ない。これが最初の条件だ」
ワトソンは、提示された28点合格答案を見た。
この答案は、3つの課題を次のように置いている。
交通の観点から、シームレスな物流。
ストックの観点から、社会資本の強靱化。
観光の観点から、地方都市の魅力向上。
ホームズは言った。
「この3つは、少なくとも問題文の範囲に収まっている。交通は国際競争力に関係する。ストックの強靱化は経済活動の継続に関係する。観光は地域産業の振興に関係する。完璧かどうかは別として、答案の骨格は設問に対応している」
ワトソンは言った。
「不合格答案は、ここで範囲を外す。経済成長と聞いて、税制、賃上げ、教育、移住政策へ広がってしまう」
「その通りだ。広げ過ぎた答案は、知識が多いように見えて、設問への集中度が低い。試験委員は、『この受験者は問題文の制約を管理できていない』と読む」
直前期の受験生は、次の問いを自分に投げかけるべきである。
この課題は、社会資本整備の課題か。
この課題は、建設部門の技術者が扱える課題か。
この課題は、経済成長、国際競争力、地域産業振興につながるか。
この課題は、解決策へ展開できるか。
この4つに答えられない課題は、答案から外した方がよい。
2 観点は飾りではない
設問(1)では、「観点を述べてから技術課題を示せ」と明記されている。
これは単なる形式指定ではない。
観点は、課題を多面的に整理するための軸である。
ワトソンは言った。
「受験生の答案では、『防災の観点』『環境の観点』『人材の観点』と書いているが、本文を読むと観点が機能していないことがある」
ホームズはうなずいた。
「観点がただの見出しになっているのだ。合格答案では、観点と課題が対応している必要がある」
たとえば、次のように整理できる。
交通の観点では、国際物流の時間信頼性を高める広域交通ネットワークの強化が課題である。
ストックの観点では、経済活動を支える社会資本の予防保全型維持管理が課題である。
観光の観点では、地方都市の回遊性を高める交通結節機能と景観形成が課題である。
このように書くと、観点が課題を支えている。
一方で、次のような書き方は弱い。
経済の観点では、地方を活性化することが課題である。
行政の観点では、補助金を増やすことが課題である。
社会の観点では、人口減少に対応することが課題である。
これらは抽象度が高過ぎる。
社会資本整備として、何を改善するのかが見えない。
ホームズは言った。
「観点はレンズだ。レンズが曇っていれば、課題もぼやける」
3 課題は「解決できる粒度」で書く
技術士試験では、「観点」と「課題」を分けて考える必要がある。
観点は、やや抽象的でよい。
交通、ストック、観光、環境、防災、人材、制度などである。
しかし、課題は解決できる粒度でなければならない。
「地方を活性化すること」は、課題として大き過ぎる。
「観光地間の二次交通を確保し、回遊性を高めること」は、課題として扱いやすい。
「国際競争力を高めること」は、目的に近い。
「物流の時間信頼性を高めるため、高規格道路のミッシングリンクを解消すること」は、技術課題として扱いやすい。
「災害に強い国をつくること」は、大き過ぎる。
「物流幹線道路の代替性を確保し、災害時の経済活動停止を抑えること」は、課題として書ける。
ワトソンは言った。
「観点は大きく、課題は具体に。これが大切だね」
ホームズは答えた。
「そうだ。観点まで具体にし過ぎると多面性が出ない。課題まで抽象的だと解決策につながらない。ここを混同すると、答案はぼやける」
合格答案では、課題が解決策へ自然につながる。
地方都市の魅力向上を課題にしたなら、解決策は無電柱化、ウォーカブルな空間形成、モビリティハブ、MaaSなどへ展開できる。
シームレスな物流を課題にしたなら、ミッシングリンク解消、暫定2車線の4車線化、港湾・空港アクセス強化、災害時代替路確保へ展開できる。
社会資本の強靱化を課題にしたなら、予防保全、点検DX、優先順位付け、包括的民間委託などへ展開できる。
課題と解決策がつながること。
これが、合格答案に残る大きな足跡だ。
4 合格答案の足跡は「課題→解決策→効果→懸念事項」と続く
設問(2)では、最も重要な技術課題を一つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示す。
設問(3)では、すべての解決策の実行により期待される波及効果と、専門技術を踏まえた懸念事項への対応策を示す。
設問(4)では、業務遂行に必要な要件を、技術者倫理と社会の持続性の観点から述べる。
つまり、この問題では、答案全体に一本の線が必要である。
課題。
最重要課題。
解決策。
波及効果。
懸念事項。
対応策。
倫理。
持続性。
この線が切れると、答案は弱くなる。
ホームズは言った。
「不合格答案では、設問ごとに別々の話が始まる。設問(1)では物流の話をし、設問(2)では観光の話をし、設問(3)では環境の話をし、設問(4)ではSDGsの定型句を書く。これでは足跡が途切れる」
ワトソンは提示された合格答案を見た。
「この答案では、最重要課題として地方都市の魅力向上を選び、無電柱化、まちづくりGX、モビリティハブを解決策にしている。波及効果も、低炭素なまちづくり、地方創生、若者や女性に選ばれるまちづくりにつなげている」
ホームズはうなずいた。
「論理の足跡は見える。ただし、さらに伸ばすなら、各解決策と波及効果を一対一でつなげるとよい」
たとえば、次のように書ける。
無電柱化により、景観が改善し、歩行者空間の安全性も高まる。これにより観光地としての魅力が向上し、滞在時間の増加が期待される。
まちづくりGXにより、緑地や水辺空間を活用した快適な都市空間が形成され、民間投資や地域消費の拡大が期待される。
モビリティハブ整備により、鉄道駅、観光地、宿泊施設間の移動が円滑化し、二次交通の弱さを補完できる。
このように書くと、試験委員は迷わない。
課題から効果までの道筋を追えるからだ。
5 懸念事項は「専門技術を踏まえる」
設問(3)でよく弱くなるのが、懸念事項である。
多くの答案は、次のように書く。
住民の反対が懸念されるため、丁寧に説明する。
事業費が増えるため、予算を確保する。
人材不足が懸念されるため、人材育成を行う。
これらは悪くはない。
しかし、一般論に見えやすい。
設問は、「専門技術を踏まえた懸念事項への対応策」を求めている。
したがって、懸念事項も、解決策の実行に伴って生じる具体的なものにする必要がある。
ワトソンは言った。
「たとえば、無電柱化なら、住民反対だけでなく、地下埋設物との干渉、施工期間中の交通規制、沿道店舗への影響、維持管理主体の調整などがあるね」
「その通りだ。モビリティハブなら、歩行者と電動モビリティの錯綜、安全性、駐輪・充電スペース、交通結節点の混雑、データ連携の個人情報保護などが懸念事項になる」
「まちづくりGXなら、緑地維持管理費、民間事業者の採算性、生物多様性の評価、ヒートアイランド対策との整合もある」
ホームズは言った。
「懸念事項は、答案の最後に付ける飾りではない。解決策を本当に実行する技術者なら、何を懸念するか。そこが問われている」
この問題では、たとえば次のように書ける。
無電柱化では、地下埋設物との干渉や施工時の交通規制により、沿道活動への影響が懸念される。対応として、地下埋設物調査を事前に行い、施工区間を分割し、夜間施工や仮設歩行空間の確保により影響を抑制する。
モビリティハブでは、歩行者、自転車、電動キックボードの錯綜による事故が懸念される。対応として、動線分離、速度抑制、駐停車スペースの明確化、利用ルールの周知を行う。
PPP/PFIでは、民間事業者の採算性不足による応募者不在が懸念される。対応として、事前サウンディングにより事業条件を把握し、リスク分担、収益施設、維持管理範囲を適切に設定する。
ここまで書くと、「専門技術を踏まえた対応策」に近づく。
6 文章は短く、主語と述語を近づける
直前期にすぐ直せるのは、文章である。
内容を一気に変えるのは難しい。
しかし、一文を短くすることはできる。
主語と述語を近づけることもできる。
「適切に」「十分に」「必要な対策」などの曖昧語を減らすこともできる。
ホームズは言った。
「長い文章は、不合格の痕跡になりやすい。理由は簡単だ。採点者が論理を追いにくくなるからだ」
ワトソンは例文を書いた。
【悪い例】
地域産業の振興を図るためには、観光客の増加や製造業の国内回帰、DX・GX分野への構造転換に対応するため、地域の実情を踏まえながら関係機関と連携し、必要な社会資本整備を総合的かつ計画的に推進することが重要である。
ホームズは赤ペンを取った。
「これは、何も間違っていないように見える。だが、課題が見えない」
改善すると、次のようになる。
【改善例】
地域産業の振興には、産業活動を支える基盤整備が必要である。
技術課題は、物流拠点と幹線道路を接続し、輸送時間の信頼性を高めることである。
理由は、道路ネットワークが弱い地域では、企業立地や観光周遊の制約になるためである。
こちらの方が、試験委員は読みやすい。
一文が短い。
課題が明確である。
理由が分かる。
社会資本整備との関係が見える。
文章を短くすることは、幼稚にすることではない。
論理を見えるようにすることだ。
7 設問(4)の倫理と持続性は定型句で終わらせない
設問(4)では、技術者倫理と社会の持続性が問われている。
ここで多い失敗は、定型句だけで終わることである。
公衆の安全を最優先する。
法令を遵守する。
環境に配慮する。
SDGsに貢献する。
これらは必要である。
しかし、これだけでは弱い。
ホームズは言った。
「倫理と持続性も、前の設問とつなげる必要がある。無電柱化、まちづくりGX、モビリティハブを実行するなら、その業務において何を守るのかを書くべきだ」
たとえば、次のように書ける。
技術者倫理として、観光振興や民間投資を優先する場合でも、公衆の安全、歩行者の安全、災害時の避難機能を損なってはならない。特定の事業者や地域だけが利益を得る計画とならないよう、データと客観的評価に基づき、公平な合意形成を行う。
社会の持続性として、短期的な観光消費だけを目的とせず、地域住民の生活環境、維持管理費、環境負荷、将来世代の負担を考慮する。緑地や公共交通を活用し、低炭素で歩いて回れる都市構造へ転換することで、地域経済と環境保全を両立させる。
このように書けば、設問(1)から(3)とのつながりが見える。
ワトソンは言った。
「倫理と持続性も、最後に貼り付けるのではなく、答案全体の締めとして機能させるわけだね」
「そうだ。合格答案では、最後の設問まで論理の足跡が残る」
8 試験4週間前にやるべきこと
試験4週間前に、すべてをやり直す必要はない。
むしろ、やるべきことを絞るべきである。
第一に、問題文を勝手に広げない訓練をする。
問題文の中心語を丸で囲む。
この問題なら、「経済成長の実現」「国際競争力の強化」「地域産業の振興」「社会資本整備」「技術課題」である。
第二に、観点と課題を分けて書く。
観点は抽象的でよい。
課題は解決できる粒度にする。
第三に、課題から解決策へ一本の線を引く。
課題と関係のない解決策を書かない。
流行語を並べず、課題をどう解くのかを書く。
第四に、懸念事項を専門技術に寄せる。
住民反対、予算不足、人材不足だけで終わらせない。
施工、維持管理、安全性、データ、合意形成、リスク分担などに具体化する。
第五に、文章を短くする。
一文一意。
主語と述語を近づける。
「適切に」「十分に」「総合的に」を減らし、具体的な行動に置き換える。
ホームズは言った。
「直前期の目的は、答案を派手にすることではない。失点の穴をふさぐことだ」
9 後編の結論
合格答案には、論理の足跡が残っている。
問題文の範囲を守る。
観点を示す。
技術課題を解決できる粒度で書く。
最重要課題を選ぶ。
複数の解決策を課題に対応させる。
波及効果を解決策から導く。
懸念事項を専門技術で具体化する。
倫理と持続性を答案全体とつなげる。
文章を短く明確にする。
ワトソンは、答案用紙を静かに閉じた。
「ホームズ、合格答案とは、知識を詰め込んだ答案ではないのだね」
ホームズは答えた。
「その通りだ。合格答案とは、試験委員が迷わず読める答案だ。問題文から出発し、課題、解決策、効果、リスク、倫理へと、論理の足跡が残っている答案である」
「では、不合格答案は?」
「足跡が途中で消える。あるいは、問題文とは違う方向へ歩いていく」
ワトソンは笑った。
「まるで事件現場だね」
ホームズは静かに言った。
「答案用紙も事件現場と同じだよ、ワトソン君。そこには必ず痕跡が残る。不合格の痕跡も、合格の足跡もだ。試験5週間前の今、受験生がすべきことは明確である。自分の答案を読み返し、どちらの痕跡が残っているかを見極めることだ」
そしてホームズは、最後にこう付け加えた。
「問題文を勝手に解釈するな。技術者として答えよ。短く、明確に、一本の線で書け。これだけで、答案はまだ伸びる」

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
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