【技術士試験】ホームズの推理:技術士とは何者なのか:前編

~資格名の奥にある「高等の専門的応用能力」と社会的責任~

プロローグ 名刺に書かれた三文字~坂戸市、ベイカー街221B

暖炉のそばで、ワトソンは一枚の名刺を眺めていた。
名刺には、氏名、会社名、役職の下に、小さく「技術士」と記されている。

ワトソン
「ホームズ。この『技術士』という資格は、いったい何を示しているのだろう。技術に詳しい人という意味かね。それとも、難しい試験に合格した人という意味なのか」

ホームズ
「どちらも間違いではない。だが、どちらも本質ではない」

ワトソン
「では、何者なんだ?」

ホームズ
「技術士とは、知識を持つ者ではない。科学技術を社会の中で使い、その結果に責任を負う専門職だ」

ワトソンは名刺を裏返した。

ワトソン
「たった三文字に、そこまでの意味があるのかね」

ホームズ
「三文字だけを見てはいけない。その背後にある法律を読むのだ。資格制度の本質は、試験案内よりも、その制度を作った法律の目的に現れる」

第1章 技術士法第1条は、誰のための法律なのか

ホームズは机上の資料を開いた。

ホームズ
「技術士法第1条を読んでみたまえ」

この法律は、技術士等の資格を定め、その業務の適正を図り、もつて科学技術の向上と国民経済の発展に資することを目的とする。

ワトソン
「資格を定める法律だな。つまり、技術者個人の能力を証明するためのものだろう?」

ホームズ
「そこが最初の誤読だ。第1条の主語を、資格を取る個人だけに置いてはいけない。この法律が最終的に目指しているのは、『科学技術の向上』と『国民経済の発展』だ」

ワトソン
「個人の昇進や収入ではない、と?」

ホームズ
「少なくとも、法律の目的には書かれていない。技術士資格は、技術者個人を飾る勲章として設けられたものではない。技術者が適正に業務を行うことを通じて、社会全体に利益をもたらすための制度だ」

技術士法第1条には、三つの段階がある。

まず、資格を定める。
次に、その資格を持つ者の業務の適正を図る。
その結果として、科学技術の向上と国民経済の発展に資する。

ここで重要なのは、「資格を定める」ことが最終目的ではない点である。
資格制度は手段にすぎない。

試験に合格することも、登録することも、名称を得ることも、それだけで制度の目的を達成したことにはならない。技術士が社会の中で適切に判断し、業務を遂行し、成果を生み出すことで、初めて法律の目的につながる。

ワトソン
「つまり、試験合格は終点ではなく、入口なのか」

ホームズ
「その通りだ。合格証書を額に入れて眺めているだけでは、第1条の目的には一歩も近づかない」

ワトソン
「ずいぶん厳しい言い方だな」

ホームズ
「法律は受験生を励ますための文章ではない。制度が何のために存在するかを定める文章だからね」

日本技術士会は、技術士制度を、技術的専門知識、高等の応用能力、豊富な実務経験を持ち、公益を確保するために高い技術者倫理を備えた技術者を国が認定する制度と説明している。

ここから分かるのは、技術士の評価対象が知識だけではないことである。

専門知識がある。
その知識を応用できる。
実務経験がある。
公益を考える。
倫理的に行動する。

これらを分離してはならない。

知識だけなら、詳しい研究者や熟練した技術者は他にもいる。
経験だけなら、長く働いた技術者は大勢いる。
善意だけなら、誠実な人は資格の有無にかかわらず存在する。

技術士に求められるのは、知識、応用能力、経験、判断、倫理を統合し、現実の業務で発揮することである。

第2章 第2条の「高等の専門的応用能力」とは何か

ホームズ
「次に、第2条だ」

技術士とは、第三十二条第一項の登録を受け、技術士の名称を用いて、科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価又はこれらに関する指導の業務を行う者をいう。

ワトソン
「ずいぶん長い定義だ。要するに、専門知識を持っている技術者ということではないのか」

ホームズ
「要してはいけない。重要な語が消えてしまう。特に見落としてはならないのは、『高等の』『専門的』『応用能力』の三つだ」

1 「高等」であること

高等とは、単に知識量が多いことではない。

教科書に答えが明記された問題だけを処理する能力でもない。
仕様書に従って作業するだけの能力でもない。

現実の技術問題には、しばしば唯一の正解がない。

安全性を高めれば、費用が増える。
工期を短縮すれば、品質管理や作業負荷に影響する。
環境負荷を減らせば、別の資源消費が増えることがある。
利用者の利便性を高めれば、個人情報やセキュリティのリスクが増すこともある。

技術者は、これらの相反する要求を同時に扱わなければならない。

ホームズ
「高等な能力とは、難しい公式を暗記する能力だけではない。複数の制約条件の下で、何を優先し、何を調整し、どの案を選ぶかを判断する能力だ」

2 「専門的」であること

専門的であるとは、一般論を述べることではない。

「安全に配慮する」
「関係者と連携する」
「環境に配慮する」
「デジタル技術を活用する」

これだけなら、技術者でなくても言える。

専門職には、「なぜそう判断するのか」「どのデータを見るのか」「どの基準を用いるのか」「どの技術を、どの条件で採用するのか」を説明する責任がある。

専門性とは、難解な用語を並べることではない。
判断の根拠を示し、再現可能な形で説明できることである。

ワトソン
「専門家とは、一般人に分からない言葉を使う人ではないのだな」

ホームズ
「むしろ逆だ。専門家とは、複雑な事実を理解した上で、必要な相手に理解できる形で説明する人だ。説明できない知識は、社会では十分に機能しない」

3 「応用能力」であること

応用能力とは、知識を現場条件に合わせて使う力である。

同じ技術でも、地域条件、地盤条件、利用者、予算、法令、施工環境、維持管理体制が変われば、適切な使い方も変わる。

教科書に「この方法が有効」と書いてあっても、すべての現場でそのまま採用できるとは限らない。

適用条件を確認する。
前提を置く。
データを集める。
複数案を比較する。
リスクを評価する。
実施後の効果を検証する。
必要に応じて修正する。

この一連の働きが応用能力である。

日本技術士会の修習ガイドブックでは、専門職としての能力を、専門技術能力、業務遂行能力、行動原則という三つの要素を束ねたものとして整理している。知識だけではなく、問題分析、解決策の立案、評価、マネジメント、コミュニケーション、判断、倫理、継続研さん、決定への責任まで含まれる。

ホームズ
「三本の細い糸では弱い。だが、専門技術能力、業務遂行能力、行動原則をより合わせれば、一本の強いロープになる。技術士とは、そのロープで現実の問題を引き上げる者だ」

第3章 技術士は何をする者なのか

技術士法第2条には、対象となる業務が列挙されている。

計画。
研究。
設計。
分析。
試験。
評価。
これらに関する指導。

ワトソン
「設計だけではないのだな」

ホームズ
「当然だ。技術は設計図を描いた時点では終わらない。何を作るべきかを計画し、必要な情報を分析し、性能を試験し、結果を評価し、他者を指導する。技術的意思決定の全過程が対象になる」

この列挙から、技術士は「物を作る人」だけではないことが分かる。

社会インフラの整備方針を立案する者。
製造工程の品質を分析する者。
情報システムの安全性を評価する者。
環境影響を予測する者。
設備の劣化を診断する者。
研究成果を実用化へつなぐ者。
後進を指導する者。

いずれも、科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とするなら、技術士の活動領域になり得る。

ただし、ここには誤解しやすい点がある。

技術士は、原則として名称独占資格である。
技術士でなければ、世の中の設計、分析、評価を一切行えないという意味ではない。他の法律で特定資格者に限られている業務は別として、技術士資格がなければ技術業務そのものが全面的に禁止されるわけではない。

ワトソン
「では、資格がなくても同じ仕事ができる場合があるのか。それなら、技術士という名称には何の意味がある?」

ホームズ
「免許がなければ一歩も仕事ができない資格とは、制度の役割が異なる。技術士という名称は、その者が一定水準の専門的応用能力を持つと国が認めたことを社会に示す」

資格が仕事を独占させるのではなく、能力と責任を公に示す。
ここに技術士制度の特徴がある。

したがって、「技術士だから自動的に優秀である」と考えるのも誤りである。
資格は、すべての案件に万能であることを保証しない。
登録部門が同じでも、個々の専門領域や経験は異なる。

技術士倫理綱領も、自分や協業者の力量が及ぶ範囲で、確信の持てる業務に携わることを求めている。また、必要な場合には、他の技術士や専門家の助力を求めるとしている。

真の専門家は、何でも知っていると装う者ではない。
自分の限界を認識し、必要な専門家と協働できる者である。

第4章 技術士は「判断する者」である

ワトソン
「話を聞いていると、技術士は技術を使う者というより、判断をする者に思えてきた」

ホームズ
「ようやく核心に近づいたね」

技術的な仕事では、多くの人が何らかの判断をしている。

しかし、技術士に求められる判断には、三つの条件がある。

第一に、根拠があること。
第二に、影響を予見していること。
第三に、決定の責任から逃げないこと。

例えば、ある設備の更新を延期する判断を考えてみよう。

費用だけを見れば、延期は合理的に見える。
だが、故障確率、被害規模、代替手段、復旧時間、利用者への影響まで考えれば、結論は変わるかもしれない。

反対に、安全を理由として、あらゆる設備を直ちに更新すればよいわけでもない。
予算、人員、施工期間は有限である。一つの設備に資源を集中すれば、別の重要設備への対策が遅れる。

したがって、技術士の判断とは、単一の価値だけを最大化することではない。

安全性。
経済性。
機能性。
技術的実現性。
環境影響。
維持管理性。
利用者の利便性。
将来世代への影響。

これらを比較し、優先順位を定め、説明可能な決定を行う。

ホームズ
「技術士の仕事は、数字を出すところまでではない。その数字を社会の意思決定につなげるところまでだ」

ワトソン
「計算結果が正しくても、判断が誤っていることはあるのか」

ホームズ
「もちろんだ。正しい計算が、誤った前提に基づいていることもある。必要な影響を評価していないこともある。計算の精度と、意思決定の妥当性は同じではない」

技術士試験で問題解決、評価、マネジメント、コミュニケーション、リーダーシップ、技術者倫理が問われるのは、このためである。

専門知識だけで社会的意思決定はできない。
複雑な問題を定義し、制約条件を分析し、複数案を比較し、関係者の利害を調整し、結果を評価しなければならない。

文部科学省が示すコンピテンシーでも、品質、コスト、納期、生産性、リスク対応を踏まえた資源配分や、成果と波及効果の評価が求められている。

技術士とは、正解を知っている人ではない。
正解が一つに定まらない状況で、根拠ある判断を下せる人である。

第5章 技術者と技術士を分けるもの

ワトソン
「では、優れた技術者と技術士の違いは、資格登録の有無だけなのか」

ホームズ
「法的な定義では、登録は欠かせない。だが、本質を問うなら、それだけでは足りない」

技術者は、組織から与えられた役割を果たす。
技術士も、多くの場合は組織の中で働く。

しかし、技術士には、組織の指示に従うだけでは済まない場面がある。

上司が工期短縮を求める。
顧客が費用削減を求める。
営業部門が早期出荷を求める。
経営層が不都合なデータを公表したくないと考える。

それでも、公衆の安全や社会的信頼が損なわれるなら、技術士は専門職として判断しなければならない。

ワトソン
「組織への忠誠と、社会への責任が衝突するわけだな」

ホームズ
「そうだ。そして専門職の本質は、まさにその衝突時に現れる」

技術士は、雇用者や依頼者に対して責任を負う。
同時に、公衆と社会に対しても責任を負う。

この二つは、通常は両立する。
安全で信頼できる成果を提供することは、依頼者の利益にもなるからである。

しかし、短期利益と公益が対立する場合もある。
そのとき、技術者倫理が単なる理想論ではなく、具体的な判断基準になる。

技術士倫理綱領は、公衆の安全、健康、福利を最優先することを第一に掲げている。また、技術の利用が社会や環境に重大な影響を与えることを認識し、公正、誠実、自律をもって行動するよう求めている。

ワトソン
「自律というのは、好き勝手に決めることではないのだな」

ホームズ
「正反対だ。自律とは、自分で決めた結果について、自分で責任を負うことだ」

エピローグ 技術士とは何者か

暖炉の火が小さくなった。

ワトソンは、もう一度、名刺の「技術士」という文字を見た。

ワトソン
「整理してみよう。技術士とは、国家試験に合格した知識人というだけではない。科学技術に関する高度な専門知識を、現実の問題に応用する。そして、安全、経済、環境などの要求を調整し、根拠を示して判断する。その結果について、依頼者だけでなく社会にも責任を負う専門職だ」

ホームズ
「悪くない」

ワトソン
「だが、それなら資格を得ることは、名誉よりも重荷ではないか」

ホームズはわずかに笑った。

ホームズ
「ようやく、後編の問いにたどり着いたようだね」

ワトソン
「後編の問い?」

ホームズ
「これほど責任が重く、取得した後も学び続けなければならない資格を、なぜ人は目指すのか、という問いだ」

ワトソン
「確かに妙だ。苦労して得るのが、特権ではなく責任だというなら、なおさら理由を知りたい」

ホームズ
「では次は、資格取得の損得ではなく、技術者が自分の仕事をどう生きるかという問題を調べよう」

前編の結論は明確である。

技術士とは、技術を知る者ではない。
技術を社会のために用い、その判断を説明し、その結果に責任を負う者である。

そして、「技術士とは何か」を理解したとき、初めて「なぜ技術士を目指すのか」という問いに答える準備が整う。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

(後編へ続く)

【情報源】

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

この記事を書いた人

匠 習作

代表:匠 習作(たくみ しゅうさく・本名は菊地孝仁)
開講10年の歴史/総受講者数650名以上/web授業の先駆者

皆さん、こんにちは!「ロックオン講座」主宰の匠習作です。
HPをご覧いただきありがとうございます。
技術士二次試験は“論理的な思考能力”を鍛えて挑む必要がありますので
無事一次試験を突破された方でも、難しいなと感じる方が多くいらっしゃると思います。

とはいえ、働きながら十分な勉強時間を確保することは非常に大変なことです。
私自身、新卒から23年間医療機器メーカー勤務の会社員をしながら、懸命に勉強をしていた一人です。
この実体験を活かして、技術士試験の合格を目指す方々をサポートし、合格へと導きたい。少しでも役立つヒントや情報を提供したい。そう考えたことが本講座の始まりです。

■当講座のポイント
・質問回数無制限
zoomまたはchatwork(メールも可)にて、いつでも何度でも受け付けます。
・スピード添削
提出後概ね1日以内、ご本人が書いたことを忘れないうちにお返しすることができます。
論述の上達には添削が不可欠です。ここをしっかりこなせるかが合格への肝になります。
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70を超える動画や200を超えるPDF資料、過去問12年分の解説集等々を提供します。
検索しやすいように整理され、自由にダウンロードして参照することができます。
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長い歴史と実績のある、当社「ロックオン講座」を受講してみませんか?
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匠習作のYouTubeチャンネルは、以下です。
https://www.youtube.com/channel/UCrbmFXXZvrb1a-nbQm-MOig

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