〖技術士試験〗ホームズの推理:答案用紙に残された不合格の痕跡(前編)

試験委員はどこで違和感を覚えるのか

坂戸市 ベイカー街221B

窓の外には、灰色の霧がゆっくりと流れていた。
暖炉の前では、ワトソン博士が一枚の答案用紙を手にしている。

「ホームズ、技術士試験まで残り5週間だ。受験生たちは必死に答案を書いている。しかし、添削していると気になることがある」

「また、文章が長いのかね」

ホームズは新聞から目を上げずに言った。

ワトソンは苦笑した。

「その通りだ。だが、それだけではない。問題文を読んでいるようで、実は読んでいない答案が多い。特に、令和7年度建設部門の必須問題Ⅰ-2のように、『経済成長の実現を目的とする社会資本整備』が問われると、答案が大きく横滑りする」

ホームズは新聞を畳んだ。

「横滑りとは?」

「技術課題を書くべきところで、行政や政治制度の課題を書いてしまう。問題文では制度上の課題も含むとされているが、それを広げ過ぎて、建設部門の技術者としての答案ではなくなる」

ホームズは少し身を乗り出した。

「なるほど。答案用紙には、不合格の痕跡が残る。試験委員はそれを読む。内容の正誤だけではない。答案のどこかに、『この受験者は問題文を正確に読んでいない』という痕跡が出るのだ」

ワトソンはうなずいた。

「今日は、その痕跡を見つけたい。題材は、令和7年度建設部門の必須問題Ⅰ-2だ」

1 この問題は何を問うているのか

令和7年度建設部門の必須問題Ⅰ-2は、第5次社会資本整備重点計画を背景としている。

問題文では、3つの中長期的な目的として、「国民の安全・安心の確保」「持続可能な地域社会の形成」「経済成長の実現」が示されている。
そのうち、問われているのは「経済成長の実現」である。

さらに、問題文は次のような社会資本整備を例示している。

国際競争力強化等に資する社会資本の重点整備。
地域の基幹産業の振興を支える基盤整備。
観光の活性化。
製造業等の国内回帰や配置・集積の見直し。
DX・GX分野等の成長産業への構造転換。

ホームズは言った。

「ここで重要なのは、問題が単に『経済成長について論ぜよ』とは聞いていない点だ。聞いているのは、『経済成長の実現を目的として、国際競争力の強化や地域産業の振興に必要な社会資本整備を進めるに当たり、技術者としての立場で技術課題を抽出せよ』ということだ」

ワトソンは問題文を指差した。

「つまり、答案の中心はあくまで社会資本整備だね」

「その通りだ。経済政策一般ではない。産業政策一般でもない。行政制度論だけでもない。建設部門の技術者として、社会資本整備をどう進めるか。その制約やボトルネックを技術課題として示す必要がある」

この問題の設問(1)には、さらに明確な条件がある。

「多面的な観点から3つの技術課題を抽出する」
「それぞれの観点を明記する」
「観点を述べてから技術課題を示す」

この3点を外すと、どれほど立派な文章でも、設問への適合性が落ちる。

ホームズは言った。

「試験委員は、答案を読む前に問題文を知っている。したがって、答案の冒頭で、観点がない、技術課題がない、社会資本整備から離れている。この時点で違和感を覚える」

ワトソンは眉をひそめた。

「違和感か。採点者が最初に感じる小さな引っかかりだね」

「そうだ。その小さな引っかかりが、答案全体の信頼を下げる」

2 典型的な失敗例を作ってみる

ここで、実在答案ではなく、典型的な失敗答案の架空例を示す。

【典型的な失敗例】

我が国の経済成長を実現するためには、まず国の予算を増額し、地方自治体への補助を拡充することが課題である。少子高齢化や人口減少により地方経済は疲弊しており、国が主導して産業政策を進める必要がある。また、地方では人材不足が深刻であり、若者が都市部に流出しているため、地方への移住政策や企業誘致を進めることが重要である。さらに、観光客を増やすためには、国際的な情報発信や観光プロモーションを強化し、外国人観光客に選ばれる地域づくりを進める必要がある。

ワトソンは言った。

「一見すると、悪くないようにも見える。経済成長、地方経済、観光、企業誘致。問題文の言葉も使っている」

ホームズは首を振った。

「そこが罠だ。問題文の言葉を使っているだけで、設問に答えていない」

「どこが問題だろう」

「第一に、観点が明記されていない。第二に、技術課題になっていない。第三に、社会資本整備の課題ではなく、政策一般に広がっている。第四に、建設部門の技術者としての立場が弱い」

ワトソンはもう一度読んだ。

「確かに、『予算を増やす』『移住政策』『観光プロモーション』は、行政や政治の課題に近い。社会資本整備との接続が薄い」

ホームズは言った。

「この答案は、問題文の表面だけを拾っている。だが、設問の芯をつかんでいない。試験委員はそこに違和感を覚えるのだよ」

3 不合格の痕跡その1 技術課題ではなく行政課題になっている

この問題では、制度上の課題も含むと明記されている。

ここを誤解してはいけない。
制度上の課題を書いてよいという意味であって、行政課題や政治課題だけを書いてよいという意味ではない。

ホームズは言った。

「制度上の課題を書く場合でも、社会資本整備を進める上での制度的制約でなければならない。たとえば、PPP/PFIを活用するための官民リスク分担、道路空間再編における占用・交通管理、広域物流ネットワーク整備における自治体間調整などだ」

ワトソンは続けた。

「つまり、制度を書くなら、技術的実施に関わる制度でなければならない」

「そうだ。単に『予算が足りない』『国の支援が必要』『法律を改正すべき』と書くだけでは、建設部門の技術者としての答案になりにくい」

技術課題とは、解決に向けて技術者が設計、計画、施工、維持管理、合意形成、データ活用などを通じて関与できる課題である。

たとえば、次のように書けば、技術課題として成立しやすい。

交通の観点では、国際物流の時間信頼性を高める広域交通ネットワークの強化が課題である。
理由は、高規格道路のミッシングリンクや暫定2車線区間により、物流の定時性と災害時の代替性が低下しているためである。

この記述では、経済成長と社会資本整備がつながっている。
また、技術者が関与できるネットワーク整備、時間信頼性、代替性という論点がある。

一方で、次の記述は弱い。

経済成長のためには、地方への補助金を増やすことが課題である。

これは政治・行政の一般論に近い。
技術者として何を解くのかが見えない。

ホームズは言った。

「答案には、受験者の思考の焦点が出る。社会資本整備を見ているのか。政策の大きな話に逃げているのか。試験委員はそこを見ている」

4 不合格の痕跡その2 問題文を勝手に広げている

試験4週間前の受験生に最も伝えたいことがある。

問題文を勝手に解釈してはいけない。

今回の問題文には、「経済成長の実現」という大きな言葉がある。
この言葉に引っ張られると、答案は広がり過ぎる。

たとえば、次のような方向である。

賃上げが必要である。
税制改革が必要である。
教育改革が必要である。
地方創生政策が必要である。
外国人労働者の受入れが必要である。

これらは、経済成長に関係する可能性はある。
しかし、建設部門の必須問題として問われている中心ではない。

ワトソンは言った。

「問題文の言葉を大きく受け止め過ぎると、何でも書けてしまうね」

ホームズは答えた。

「何でも書ける答案は、たいてい何にも答えていない」

この問題では、経済成長を目的とした社会資本整備が問われている。
したがって、答案は次の範囲に収める必要がある。

国際競争力を強化する物流・交通・港湾・空港・道路・鉄道等の整備。
地域産業を支える道路、港湾、都市基盤、観光基盤、産業団地、エネルギー・水インフラ等の整備。
DX・GXに対応するインフラマネジメントや都市空間の再編。
災害時にも経済活動を止めない強靱な社会資本。
老朽化施設を更新し、地域の経済活動を支える維持管理。

ホームズは言った。

「大きな言葉を見たときほど、答案は狭く、具体に落とす。これが直前期の鉄則だ」

5 不合格の痕跡その3 文章が長すぎて論理が見えない

次に、文章の問題である。

技術士試験では、内容が重要である。
しかし、内容は文章で伝える。
文章が長過ぎて意味が分からなければ、内容は評価されにくい。

典型例を示す。

【長すぎる失敗例】

地方都市においては、人口減少や高齢化の進展により公共交通の利用者が減少し、バスや鉄道の維持が困難となっている一方で、観光客の増加やインバウンド需要への対応、中心市街地の空洞化、空き家の増加、景観悪化、地域産業の衰退などの多くの課題が複雑に絡み合っていることから、地域の実情に応じて関係者と連携しながら、総合的かつ効果的なまちづくりを推進していくことが重要である。

ワトソンは目を細めた。

「息が切れるね。何が課題なのか分からない」

ホームズは言った。

「この文章の問題は、情報が多いことではない。論点が整理されていないことだ。主語と述語が遠い。原因、背景、課題、対応が一文に押し込まれている」

これを、技術士試験の答案として整理すると、次のようになる。

【改善例】

観光の観点では、地方都市の回遊性を高める交通結節機能の強化が課題である。
理由は、公共交通の減便により、駅、観光地、宿泊施設を結ぶ二次交通が弱くなっているためである。
このため、モビリティハブを整備し、鉄道、バス、自転車、徒歩を接続する必要がある。

こちらの方が短い。
しかし、内容は明確である。

観点がある。
技術課題がある。
理由がある。
社会資本整備との関係がある。
解決策にもつながる。

ホームズは言った。

「試験委員は、美文を求めていない。短く、正確で、論理が追える文章を求めている。直前期に直すべきは、難しい表現ではない。一文一意だ」

6 合格答案にも弱点はある

ここで、提示された合格答案を見てみよう。

この答案は、3つの課題を次のように整理している。

この答案は、3つの課題を次のように整理している。

交通の観点では、シームレスな物流。
ストックの観点では、社会資本の強靱化。
観光の観点では、地方都市の魅力向上。

ホームズは言った。

「この答案が合格に届いた理由は、設問の骨格を外していない点にある。観点を示し、課題を示し、最重要課題を選び、複数の解決策を示している」

ワトソンは答えた。

「さらに、数値も使っている。都市間連絡速度、暫定2車線区間、道路橋の老朽化、訪日外国人数、無電柱化率などだね」

「そうだ。数値は答案に具体性を与える。ただし、数値を並べればよいわけではない。数値が課題の理由になっていることが重要だ」

この合格答案にも、改善余地はある。

たとえば、第1の課題「シームレスな物流」は、国際競争力と結びつきやすい。
第2の課題「社会資本の強靱化」も、経済活動の継続性と関連する。
第3の課題「地方都市の魅力向上」は、観光による地域産業振興に結びつく。

そのため、設問の要求から大きく外れていない。

一方で、最重要課題として「地方都市の魅力向上」を選ぶ場合は、国際競争力との結び付きがやや弱く見える可能性がある。
ここは、「地域産業の振興」を主軸にして説明すればよい。
観光消費、二次交通、回遊性、滞在時間、民間投資などの言葉でつなぐと、説得力が増す。

ホームズは言った。

「合格答案とは、完璧な答案ではない。設問の要求を外さず、論理の骨格が読める答案である」

7 試験委員が違和感を覚える瞬間

試験委員は、答案を一文一文、国語の添削のように読んでいるだけではない。
設問の要求に照らして、答案が合っているかを見ている。

違和感を覚えるのは、次のような瞬間である。

観点がない。
技術課題ではなく行政課題になっている。
経済成長の一般論に広がっている。
社会資本整備との関係が薄い。
課題と解決策がつながっていない。
懸念事項が専門技術を踏まえていない。
倫理と持続性が定型句だけで終わっている。
文章が長く、主語と述語が離れている。

ワトソンは言った。

「つまり、試験委員の違和感は、採点者の好みではない。設問要求とのズレから生まれる」

ホームズはうなずいた。

「その通りだ。直前期に必要なのは、新しい知識を増やし続けることではない。設問から外れない答案に整えることだ」

8 前編の結論

答案用紙には、不合格の痕跡が残る。

それは、誤字脱字だけではない。
難しい専門用語の不足でもない。
もっと根本的な痕跡である。

問題文を勝手に広げている。
技術課題が行政課題になっている。
社会資本整備から離れている。
一文が長く、意味が取れない。
課題と解決策がつながっていない。

ホームズは静かに言った。

「ワトソン君、試験5週間前の受験生がすべきことは、焦って知識を詰め込むことだけではない。自分の答案に残る不合格の痕跡を消すことだ」

ワトソンは答案用紙を見つめた。

「そのためには、まず問題文を正確に読む。次に、技術者として答える。そして、短く明確に書く。この三つだね」

「そうだ。前編では、不合格の痕跡を見た。後編では、反対に、合格答案に残る論理の足跡を追う。合格答案は、偶然よく見えるのではない。読み手が迷わずたどれる足跡を答案用紙に残しているんだ」

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
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この記事を書いた人

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