【技術士試験】ホームズの推理:最後の5分で減点の指紋を消す(前編)

提出前に見るべき7つの鑑識ポイント

プロローグ:ワトソン、最後の5分で新説を書き足す

坂戸市、ベイカー街221B。

机の上には、技術士試験の答案用紙が一枚置かれていた。
ワトソン博士は、終了5分前の受験生のように慌てている。

ワトソン博士
「ホームズ、あと5分しかない。だが、思いついた。最後にDXの重要性をもう少し書き足せば、専門性が上がるかもしれない。いや、技術者倫理ももう一文入れた方がよいか。待て、リスクも補足したい」

シャーロック・ホームズ
「やめたまえ、ワトソン君」

ワトソン
「なぜだ。最後の5分を有効に使おうとしているのだぞ」

ホームズ
「君がやろうとしているのは、有効活用ではない。事件現場に後から足跡を付け足すようなものだ」

ワトソン
「足跡を付け足す?」

ホームズ
「そうだ。答案の最後の5分で、新しい論点を書き足すのは危険だ。前半の論理とつながらない一文が入る。設問と関係の薄い用語が入る。焦って主語と述語がねじれる。結果として、答案に余計な減点の指紋を残す」

ワトソン
「では、最後の5分は何をすればいい?」

ホームズ
「新しい推理を始める時間ではない。すでに書いた答案を鑑識する時間だ」

ワトソン
「鑑識?」

ホームズ
「その通りだ。提出前の答案には、不合格の痕跡が残っている。設問に答えていない。課題が抽象的。解決策が一般論。リスクが事故後対応。評価が感想。倫理が飾り。文章が読みにくい。これらの痕跡を、最後の5分でどこまで消せるかが重要なのだ」

ワトソン
「しかし、5分でそんなに見られるのか?」

ホームズ
「全部を直そうとするから失敗する。見るべきポイントを7つに絞ればよい」

提出前に見るべき7つの鑑識ポイントは、次の通りである。

1 設問に答えているか。
2 課題は解ける粒度になっているか。
3 解決策は「何を、どうする」まで書けているか。
4 リスクは発生前の対策になっているか。
5 評価は指標と改善につながっているか。
6 倫理は公衆の安全・福利に接続しているか。
7 文章は採点者が迷わず読めるか。

ホームズ
「前編では、まず1から4までを扱おう。これは答案の骨格に関わる。ここが崩れていると、いくら文章を整えても合格答案にはならない」

第1章:鑑識ポイント1 設問に答えているか

ホームズ
「最初に見るべきは、設問に答えているかだ」

ワトソン
「それは当然ではないか」

ホームズ
「当然だからこそ、見落とされる。試験終了直前の受験生は、自分が書いた量に安心する。だが、答案用紙が埋まっていることと、設問に答えていることは違う」

技術士試験では、問題文の要求が明確に分かれている。

課題を抽出せよ。
解決策を述べよ。
業務手順を述べよ。
留意点・工夫点を述べよ。
新たに生じうるリスクと対策を述べよ。
効果と評価方法を述べよ。
技術者倫理を踏まえて述べよ。

これらは似ているようで、求めている内容が違う。

【悪い例】
設問は「課題を3つ抽出せよ」と問うている。
しかし答案は、背景説明と重要性の説明で半分以上を使っている。

「近年、インフラの老朽化が進行し、維持管理の重要性が高まっている。加えて、人口減少や財政制約、技術者不足などにより、従来の維持管理手法では対応が困難になっている。そのため、持続可能なインフラ管理を進めることが重要である」

ワトソン
「これは、よくある書き出しだな」

ホームズ
「悪くはない。だが、課題を問われているなら、すぐに課題を出すべきだ。最後の5分でこの答案を見たら、次のように直す」

【提出前の修正例】
「課題は次の3点である。第1に、限られた予算の中で更新優先順位を明確化することである。第2に、点検・診断の品質を平準化することである。第3に、点検結果を補修計画へ確実に反映することである」

ホームズ
「背景を全部消す必要はない。しかし、設問への答えを前に出す。最後の5分でできる修正は、この程度でよい」

ワトソン
「つまり、採点者が探さなくても答えが見えるようにするのだな」

ホームズ
「その通りだ。設問に答えている箇所を見出しや冒頭で明確にする。これは最も効果の高い修正である」

次のような確認を行うとよい。

「課題を問われているのに、必要性ばかり書いていないか」
「手順を問われているのに、考え方だけを書いていないか」
「リスクを問われているのに、事故後対応だけを書いていないか」
「倫理を問われているのに、『倫理に留意する』だけで終わっていないか」

ホームズ
「最後の5分では、全文を美しく直す必要はない。設問要求に対する答えが見える位置にあるかを確認するのだ」

第2章:鑑識ポイント2 課題は解ける粒度になっているか

ワトソン
「次は課題だな」

ホームズ
「そうだ。課題が崩れている答案は、後半も崩れる。なぜなら、解決策は課題に対して書くものだからだ」

悪い課題には、典型的な形がある。

「効率化することが課題である」
「高度化することが課題である」
「人材不足を解消することが課題である」
「関係者と連携することが課題である」
「適切に対応することが課題である」

ワトソン
「耳が痛い。どれも書きたくなる」

ホームズ
「書きたくなる言葉ほど危険だ。これらは方向性であって、課題ではない。課題とは、技術者が解ける形に絞られたボトルネックである」

【悪い例】
「老朽化施設の維持管理を効率化することが課題である」

ホームズ
「最後の5分でこの一文を見つけたら、何を効率化するのかを補う」

【提出前の修正例】
「老朽化施設の点検結果を施設台帳に集約し、補修優先順位を判断できる仕組みを構築することが課題である」

ワトソン
「一気に具体的になった」

ホームズ
「そうだ。『効率化』を消して、点検結果、施設台帳、補修優先順位という技術的な対象を入れた」

別の例を見よう。

【悪い例】
「建設業の担い手不足に対し、待遇改善が課題である」

ホームズ
「現実には重要だ。しかし、技術士の答案では技術者が扱える課題に変換した方がよい」

【提出前の修正例】
「熟練技術者が減少する中で、少人数でも品質・工程・安全を確保できる施工管理体制を構築することが課題である」

ワトソン
「給料の話から、施工管理体制の話に変わった」

ホームズ
「そうだ。社会問題を技術的課題へ変換している」

最後の5分で課題を点検するときは、次の問いを使うとよい。

この課題は、具体的な対象があるか。
この課題は、解決策につながるか。
この課題は、技術者として扱えるか。
この課題は、制約条件を踏まえているか。

ホームズ
「課題の一文を直すだけで、答案全体の印象は変わる。最後の5分で最優先に見る価値がある」

第3章:鑑識ポイント3 解決策は「何を、どうする」まで書けているか

ホームズ
「次は解決策だ」

ワトソン
「解決策は、受験生が一番書くところだろう」

ホームズ
「書いている量は多い。だが、具体性が足りない答案も多い」

典型的な悪い例は、次のようなものである。

【悪い例】
「関係者と連携し、ICTを活用して、計画的かつ効率的に対策を推進する」

ワトソン
「また出たな。便利な言葉の集合体だ」

ホームズ
「そうだ。これでは、何をするのか分からない。最後の5分では、全部を書き直す必要はない。『何を、どうする』を1つでも補う」

【提出前の修正例】
「点検結果、健全度、交通量、代替路の有無を施設台帳に整理し、リスクの高い施設から補修対象を選定する」

ワトソン
「これなら、判断材料と行動が見える」

ホームズ
「解決策には、最低限次の要素が必要だ」

対象。
判断材料。
実施内容。
期待される効果。

たとえば、次のように直せる。

【悪い例】
「住民と連携して円滑に事業を進める」

【提出前の修正例】
「工事前に交通規制時間、迂回路、騒音発生時間を住民へ説明し、通学路や高齢者施設への影響を踏まえて施工時間帯を調整する」

ホームズ
「『連携する』を、『何を説明し、何を調整するか』に変えている」

ワトソン
「最後の5分でも、抽象語を具体語に置き換えることはできるな」

ホームズ
「そうだ。全部を直す必要はない。最も弱い解決策を1つだけ具体化する。それだけで答案の説得力は上がる」

解決策の点検では、次の問いが有効である。

「その解決策は、誰が読んでも実施内容をイメージできるか」
「判断材料が書かれているか」
「設問の制約条件に対応しているか」
「課題に対する答えになっているか」

ホームズ
「解決策は、華やかな専門用語を並べる場所ではない。制約条件の中で、何をどう行うかを示す場所である」

第4章:鑑識ポイント4 リスクは発生前の対策になっているか

ワトソン
「次はリスクだ。ここは本当に間違えやすい」

ホームズ
「その通りだ。最後の5分で必ず見てほしい。リスク設問で最も多い減点の指紋は、事故後対応になっていることだ」

【悪い例】
「ICT施工のリスクとして、システム障害が発生することがある。その場合は、関係者に連絡し、早期復旧を図る」

ワトソン
「これでは駄目なのか?」

ホームズ
「駄目ではないが、弱い。これは発生後の対応に偏っている。リスク対策としては、発生を防ぐ、または影響を小さくする事前対策を示すべきだ」

【提出前の修正例】
「ICT施工では、システム障害により出来形管理や施工進捗の確認が滞るリスクがある。対策として、施工前に通信環境を確認し、バックアップ回線と手動確認手順を準備する。また、施工データは定期的に保存し、障害時でも最低限の品質確認を継続できるようにする」

ワトソン
「事前準備が入るだけで、かなり技術的になる」

ホームズ
「そうだ。リスク対応は、未来を先回りする記述である」

さらに、最後の5分で確認すべきことがある。
それは、新たに生じうるリスク残存リスクを混同していないかである。

新たに生じうるリスクは、解決策を実施した結果、新しく生まれるおそれのあるリスクである。
残存リスクは、対策を講じてもなお残るリスクである。

【例】
解決策として、ドローンによる橋梁点検を導入する。

新たに生じうるリスクは、画像の死角や解像度不足により損傷を見落とすことである。
対策は、重要部材や損傷が疑われる箇所を近接目視で確認することである。
残存リスクは、部材内部の劣化や撮影不能箇所の損傷が残ることである。
対応は、過年度点検結果や構造特性を踏まえ、重点監視箇所を設定することである。

ワトソン
「なるほど。新しいリスクは、解決策の副作用のようなものだな」

ホームズ
「よい表現だ。解決策には副作用がある。その副作用を見抜き、事前に抑えるのがリスク対応である」

リスク点検の問いは、次の通りである。

そのリスクは、解決策から生じているか。
事故後対応だけになっていないか。
発生前の予防策があるか。
影響を小さくする策があるか。
残存リスクと混同していないか。

ホームズ
「最後の5分で、リスクの一文に『事前に』『あらかじめ』『施工前に』『定期的に確認し』といった予防の言葉を入れられるか。これは大きい」

ワトソン
「リスクを事故後対応から発生前対策へ戻すのだな」

ホームズ
「その通りだ」

前編のまとめ:最後の5分は、答案の骨格を鑑識する

ワトソン
「前編で扱った4つは、答案の骨格に関わるものだったな」

ホームズ
「そうだ。設問、課題、解決策、リスク。この4つが崩れていると、答案の中心が揺らぐ」

前編の鑑識ポイントは、次の4つである。

1 設問に答えているか。
2 課題は解ける粒度になっているか。
3 解決策は「何を、どうする」まで書けているか。
4 リスクは発生前の対策になっているか。

ワトソン
「最後の5分では、全部を完璧に直そうとしない方がよいのだな」

ホームズ
「その通りだ。新しい論点を加える時間ではない。減点の痕跡を消す時間だ」

ワトソン
「減点の痕跡……」

ホームズ
「設問に答えていない痕跡。抽象語で逃げた痕跡。一般論でごまかした痕跡。事故後対応に流れた痕跡。これらは、答案用紙に残る指紋のようなものだ」

ワトソン
「そして、採点者はそれを見つける」

ホームズ
「当然だ。採点者もまた、答案の鑑識官なのだから」

ワトソン
「後編では、残り3つの鑑識ポイントか」

ホームズ
「そうだ。評価、倫理、文章表現である。特に倫理は、最後に『留意する』と書くだけでは弱い。公衆の安全・福利に接続しているかを見る必要がある」

ワトソン
「最後の5分は、思ったより重いな」

ホームズ
「重い。だが、慌てる必要はない。見るべき場所を決めておけば、5分でも答案は少しだけよくなる。その少しが、合否の境界で効くことがある」

(後編へ続く)

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

この記事を書いた人

匠 習作

代表:匠 習作(たくみ しゅうさく・本名は菊地孝仁)
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