―26/40点の実例から読む「合格答案の痕跡」
第一章 坂戸市ベイカー街221Bに届いた「A評価」
十月の朝、坂戸市ベイカー街221B。
机の上に置かれた三枚の答案があった。
令和7年度、建設部門の必須問題Ⅰ-1。
以下は問題文
Ⅰ-1
建設業は社会資本の整備・管理の主体であるとともに,災害時における「地域の守り手」として,国民生活や社会経済を支える極めて重要な役割を担っている。一方で,建設業就業者は厳しい就労条件を背景に依然として減少が著しく,他産業を上回る高齢化や若年層の不足が進行している。また,資材価格の高騰や令和6年4月から建設業にも適用された罰則付き時間外労働規制等に対応しつつ,適切に建設工事等が実施される環境づくりも欠かせない状況にある。
こうした背景を踏まえ,令和6年6月には,担い手3法(建設業法・公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律・公共工事の品質確保の促進に関する法律)が改正されたところである。
上記の建設業を取り巻く状況を踏まえて,持続可能な建設業を実現するために,以下の問いに答えよ。
(1) 我が国の社会資本の整備等の担い手・地域の守り手である建設業がその役割を果たし続けるうえで,技術者としての立場で多面的な観点から3つの技術課題を抽出し,それぞれの観点を明記したうえで,その技術課題の内容を示せ。(※)
なお,本設問における「技術課題」には,建設業における構造上,制度上,管理上等の課題も含まれるものとする。
(※)解答の際には必ず観点を述べてから技術課題を示せ。
(2) 前問(1) で抽出した技術課題のうち,最も重要と考える技術課題を1つ挙げ,その技術課題に対する複数の解決策を示せ。
(3) 前問(2) で示した解決策に関連して新たに浮かび上がってくる将来的な懸念事項とそれへの対策について,専門技術を踏まえた考えを示せ。
(4) 前問(1)~(3) の業務遂行において必要な要件を,技術者としての倫理,社会の持続性の観点から述べよ。
持続可能な建設業を実現するため、三つの技術課題を抽出し、最重要課題を一つ選び、複数の解決策、新たな懸念事項、技術者倫理と社会の持続性まで述べる問題である。
私は答案を持ち上げた。
ワトソン博士
「ホームズ。この答案はA評価だったそうだ」
彼は受け取って、一枚目からゆっくり目を通した。
シャーロック・ホームズ
「満点かい?」
「いや。26点。40点満点中26点だ」
彼の眉がわずかに動いた。
ホームズ
「それは面白い」
「なぜ?」
「完璧ではないからだよ」
私は首をかしげた。
ホームズ
「受験者は“A評価答案”と聞くと、非の打ち所がない文章を想像する。しかし本当に知りたいのは、完璧な答案ではない。多少の弱点があっても、なぜA評価に届いたのかだ」
今回扱う答案は、実際に26/40点でA評価となった答案を基にしている。原文には改善余地もあるため、そのまま模範解答として使うのではなく、論理が分かりやすくなるよう一部再構成して考える。原答案では、三つの課題、最重要課題、生産性向上策、将来的リスク、技術者倫理まで一通り記述されている。
さて、A評価の「痕跡」はどこに残っているのだろう。
第二章 A評価答案は、まず問題文から逃げていない
以下、再現解答26/40=A
1.持続可能な建設業の実現に向けた課題
1-1 働き続けられる就労環境の構築
建設業の魅力向上の観点から、働き続けられる就労環境の構築が課題である。
建設業では、長時間労働や休日出勤など厳しい就労環境が若年層の入職・定着を阻害してきた。さらに、時間外労働規制への対応と施工量の確保を両立する必要がある。
従って、適正工期の設定や週休2日の確保等により、就業者が継続して働ける環境を構築することが課題である。
1-2 建設現場の生産性向上
省人化・省力化の観点から、建設現場の生産性向上が課題である。
若年技術者・技能者の入職減少と熟練者の退職により、今後も担い手不足が進む。一方、老朽化インフラの維持更新や防災・減災対策等の建設需要は継続する。
従って、限られた就業者で必要な施工量を確保するため、生産性を向上することが課題である。
1-3 インフラストックの適正化
維持管理の効率性の観点から、インフラストックの適正化が課題である。
老朽化施設の増加により、点検・補修・更新に必要な人員と費用は増加する。一方、人口減少下では全施設を従来と同じ水準で維持することは困難である。
従って、施設の重要度や利用状況を踏まえ、維持更新の優先順位を明確にすることが課題である。
2.最も重要な課題と解決策
最も重要な課題は、1-2 建設現場の生産性向上である。
就業者を短期間で増加させることは困難である。一方、インフラ維持更新や防災事業は継続して実施する必要がある。従って、限られた人員で施工量を確保する生産性向上を最重要課題とする。
2-1 建設生産プロセス全体でのデータ活用
調査・測量、設計、施工、維持管理で取得したデータを一貫して活用する。
現状では、各段階のデータや3次元モデルが後工程で十分利用されない場合がある。そこで、データ形式の標準化とシステム間の連携を進める。BIM/CIMモデルへ施工・点検情報を蓄積し、再入力や重複作業を削減する。
2-2 ICT施工・自動化施工の拡大
ICT建設機械、自動施工、遠隔施工を導入し、省人化を進める。
3次元設計データを建設機械へ連携し、施工・出来形管理を自動化する。また、遠隔操作により複数現場を少人数で支援する。これにより、熟練技能者不足を補完し、生産性と安全性を向上する。
2-3 異分野技術との融合
土木技術者と情報、通信、機械分野の技術者が協働する。
AIによる施工データ解析、画像認識による出来形確認、自律施工機械等を現場へ実装する。土木分野だけでは開発が難しい技術を異分野連携で導入し、建設生産システム全体を高度化する。
3.新たに浮かび上がる懸念事項と対策
3-1 デジタル技術への過度な依存
ICT施工や自動化を進めることで、施工システムが高度化・ブラックボックス化する。
その結果、通信障害やシステム故障が発生した際、現場で原因を判断できず、災害時の復旧や緊急施工が遅延する懸念がある。
3-2 対策
重要システムは通信回線や電源を冗長化し、障害時にも最低限の機能を維持する。
また、自動運転から手動運転へ切り替える手順をBCPに定める。定期的に非常時訓練を行い、デジタル技術を使用できない状況でも施工を継続できる技術者を育成する。
4.業務遂行に必要な要件
4-1 技術者倫理
生産性や経済性を優先する場合でも、安全性と品質を低下させてはならない。
技術者は公衆の安全、健康及び福利を最優先し、新技術の不確実性や残留リスクを関係者へ説明する。公益確保を念頭に、説明責任を果たして業務を遂行する。
4-2 社会の持続性
初期費用だけでなく、維持管理・更新を含むライフサイクルコストを考慮する。
必要な品質を確保して施設を長寿命化し、将来の維持更新負担を抑制する。また、人口減少や地域需要を踏まえてインフラを適正化し、必要な社会資本機能を次世代へ継承する。 以上
令和7年度の建設部門必須問題Ⅰ-1では、設問(1)に明確な条件が付いていた。
「多面的な観点から3つの技術課題を抽出し、それぞれの観点を明記する」
しかも、
「必ず観点を述べてから技術課題を示せ」
と明記されている。
原答案では、
「建設業の魅力向上の観点」
「省人化・省力化の観点」
「維持管理業務効率化の観点」
という三つの観点を置き、
「就労環境の改善」
「建設現場の生産性向上」
「インフラ施設の集約・再編化の促進」
という三課題を示していた。
ワトソン
「ずいぶん基本的な話だな」
ホームズ
「基本的だから落とすと痛いんだよ」
その通りである。
A評価答案は、奇抜な技術を書く前に、まず問題文の要求に答えている。
観点を書け、と言われた。
だから観点を書く。
三課題出せ、と言われた。
だから三課題を出す。
これは当たり前のようで、実際の答案では崩れやすい。
知識を見せようとして設問から離れる。
得意分野へ寄り過ぎる。
問題文の条件を一つ落とす。
そうした答案は、専門知識があっても弱くなる。
第三章 「観点」と「課題」が一応分かれている
原答案の一つ目は、
「建設業の魅力向上の観点から、就労環境の改善が課題」
二つ目は、
「省人化・省力化の観点から、建設現場の生産性向上が課題」
としている。
ここには少なくとも、
観点=見る切り口
課題=解決すべき対象
という構造がある。
ワトソン
「では、この書き方で十分か?」
ホームズは少し考えた。
ホームズ
「十分ではない。だが、筋は悪くない」
例えば「維持管理業務効率化の観点から、インフラ施設の集約・再編化の促進が課題」とした第三課題は、少し解決策寄りである。
「集約・再編化」は、課題というより手段に近い。
より課題らしくするなら、
維持管理の効率性の観点から、限られた人員・予算の中でインフラストックを適正化することが課題である。
とした方がよい。
その上で解決策として、
施設の集約。
複合化。
廃止。
機能転換。
優先順位付け。
を置く。
ここを直せば、観点と課題の関係はさらに明確になる。
第四章 最重要課題の選定理由がある
原答案では、最重要課題として「建設現場の生産性向上」を選んでいる。
そして、
「建設産業の就労者を短期間で増やすことは難しいため、緊急性が高い」
と理由を置いている。
短い。
だが、理由がある。
ここが重要だ。
ワトソン
「一番書きやすい課題を選んでは駄目なのか?」
ホームズ
「答案には書けないね。“私が書きやすかったので最重要です”とは」
最重要課題は、三つの中から選んだ判断である。
だから、
なぜこれなのか。
他の二つより何が重要なのか。
その根拠が必要になる。
より強くするなら、
人材確保には時間を要する一方、老朽化インフラへの対応や防災投資など建設需要は継続する。したがって、限られた就業者で必要な施工量を確保するため、生産性向上を最重要課題とする。
とすれば、背景、制約、選定理由がつながる。
A評価の原答案は、その原型をすでに持っていた。
第五章 解決策1には「因果関係」が見える
原答案で最も強い部分の一つが、「データ活用の拡大」である。
内容は、
調査・測量。
設計。
点検。
施工。
維持管理。
これらの段階で取得されたデータや三次元モデルが、後工程で十分活用されていない。
だから、
システム連携を強化する。
データ互換性を高める。
ライフサイクルを通じて活用する。
という流れになっている。
ホームズ
「ワトソン君。ここにはA評価の痕跡がある」
「どこに?」
「“何をするか”の前に、“なぜそれをするか”が書いてある」
ここは大きい。
単に、
「BIM/CIMを活用する」
「DXを進める」
と書くより、
現状の問題
↓
原因
↓
対策
が見える。
技術士答案では、技術名そのものより、
課題のどの部分を、どう変えるのか
が重要である。
第六章 解決策2と3は、A評価でも弱い
一方、原答案の解決策2と3はかなり短い。
「ICT施工、AI等を積極的に活用して生産性向上」
「デジタルや機械分野等、土木分野以外の技術者との協働で生産性向上」
という内容だった。
方向は間違っていない。
しかし、
何を自動化するのか。
どの工程を省人化するのか。
AIをどこに使うのか。
他分野技術者と何を共同開発するのか。
その説明が足りない。
ワトソン
「でもA評価だったんだろう?」
ホームズ
「だからこそ教材になる。A評価は“直すところがない答案”という意味ではない」
例えば、こう改善できる。
ICT施工により測量、施工、出来形管理を三次元データで連携し、建設機械の自動制御や遠隔施工を導入する。これにより現場配置人員を削減し、熟練者不足を補完する。
さらに他分野協働なら、
機械、情報、通信分野の技術者と協働し、自律施工機械、遠隔監視、施工データ解析を現場へ実装する。土木単独では解決しにくい自動化・省人化技術を導入し、生産性を高める。
ここまで書けば、解決策の専門性と実施像が見えてくる。
第七章 リスクは解決策とつながっている
原答案の将来的懸念事項は、
「デジタル技術や新技術の高度化によるブラックボックス化」
だった。
その結果、
災害等の緊急時に対応できない。
対応が遅延する。
という懸念を示している。
これは良い。
なぜなら、
生産性向上のためにデジタル化した結果、新しいリスクが生じる
という関係があるからだ。
ホームズ
「突然、関係のない災害リスクを持ち出していない。原因が前の解決策にある」
新たなリスクは、
「世の中にはこんな危険があります」
を書く欄ではない。
自分が提案した解決策によって、
何が新たに悪くなるのか。
そこを書く。
ここはA評価答案らしい。
第八章 ただしリスク対策は一般論から一歩出たい
原答案の対策は、
「BCPで対象リスクとして事前に検討する」
「研修等による人材育成」
だった。
これも方向は悪くない。
ただ、専門技術を踏まえた対応としては少し一般的である。
例えば、
手動運転への切替手順を整備する。
代替通信回線を確保する。
重要システムを冗長化する。
施工データをバックアップする。
定期的に非常時訓練を行う。
こうした対策まで書くと、リスクとの対応関係が強くなる。
ワトソン
「つまりBCPという名前だけでは足りない?」
ホームズ
「薬箱を置く、と書くだけで治療法になるかい?」
また医者を持ち出された。
だが、確かにそうである。
第九章 技術者倫理は「安全・公益」に結びついている
原答案では技術者倫理について、
陥没事故を踏まえ維持管理の重要性が高まった。
建設技術者として国民の安全・安心を目指す。
公益性を確保する。
という趣旨を記述している。
これは設問(4)に対して正面から答えている。
安全。
公益。
技術者としての責任。
方向としてはよい。
ただし、さらに強くするなら、
生産性向上やコスト縮減を優先する場合でも、安全性や品質を損なわない。技術者は公衆の安全、健康及び福利を最優先し、不確実性やリスクを関係者へ説明した上で業務を遂行する。
とすると、解決策とのつながりも生まれる。
倫理だけを独立した精神論にしない。
これがポイントだ。
第十章 「予算縮減=持続可能性」では少し弱い
原答案の社会の持続性では、
「コスト意識を持って予算を縮減し、将来の予算確保に努める」
「高品質な施工によって長寿命化を図る」
としている。
後半の長寿命化はよい。
一方、
予算縮減=持続可能性
と単純化するのは少し危険だ。
安く造っても、早く劣化すれば将来負担は増える。
そこで、
初期費用だけでなくライフサイクルコストを考慮し、必要な品質を確保した上で長寿命化を図る。維持更新負担を将来世代へ過度に先送りせず、社会資本の機能を持続的に確保する。
とした方がよい。
この方が「安いインフラは本当に安いのか?」という考え方とも整合する。
第十一章 26点の答案から見える「A評価の正体」
私は三枚の答案をもう一度読んだ。
完璧ではない。
むしろ弱い部分はいくつもある。
解決策2と3は短い。
リスク対策は一般的だ。
第三課題も少し解決策寄りである。
それでもA評価だった。
ワトソン
「ホームズ。では、何が一番よかったんだ?」
彼は答案の最初から最後まで指を滑らせた。
ホームズ
「全部が少しずつつながっていることだろうね」
観点。
課題。
最重要課題。
生産性向上。
データ活用。
新技術。
ブラックボックス化。
BCP。
安全・公益。
完全ではない。
だが、設問ごとに別の話を書いているわけではない。
答案全体に一本の流れがある。
A評価答案は、立派な言葉が多い答案ではない。
問題文に答え、論理が大きく切れず、専門技術を使って解決まで運んだ答案である。
そこが、この26点から読み取れる。
第十二章 A評価答案を「再現可能な型」に変える
では、この答案から何を持ち帰ればよいのか。
文章を暗記することではない。
課題名を覚えることでもない。
骨格を読む。
観点
↓
具体的課題
↓
最重要課題の選定理由
↓
複数の解決策
↓
解決策から生じる新たなリスク
↓
専門技術による対策
↓
倫理・持続性
この一本の流れだ。
テーマが人口減少でも、DXでも、災害でも、同じ考え方は使える。
『シャーロック・ホームズの冒険』でも、ホームズは事件ごとの犯人名を暗記して推理しているのではない。観察し、関係を見つけ、仮説を組み立てるという思考の型を使う。
技術士答案も同じである。
模範解答を覚えるより、
A評価へ到達した答案の構造を覚える。
その方が別の問題でも使える。
第十三章 ホームズが赤ペンを置いた理由
夜になった。
私は答案へ赤字を入れ始めた。
第三課題。
解決策2。
リスク対策。
倫理。
直したいところはかなりある。
ところがホームズは言った。
ホームズ
「全部直す必要はない」
「なぜ?」
「これは添削者の答案ではない。受験者の答案だからだ」
私は手を止めた。
ホームズ
「重要なのは、26点を40点に見せかけることじゃない。この答案が、なぜA評価まで届いたのかを見抜くことだよ」
なるほど。
A評価答案を読む目的は、
完璧な文章を探すことではない。
合格へ届いた論理を探すことだ。
そして弱い箇所を直せば、
次の答案はさらに強くなる。
私は答案の余白に、赤字ではなく一言だけ書いた。
「論理は通っている。次は具体性を上げる。」
ホームズはそれを見て、珍しく何も言わなかった。
坂戸市ベイカー街221Bの机には、満点ではないA評価答案が残った。
だからこそ、そこには受験者が再現できる推理の跡があった。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。






