―27/40点の実例から読む「専門技術の強さ」
第一章 坂戸市ベイカー街221Bに、もう一つのA評価答案が届く
十月の土曜日。
坂戸市ベイカー街221Bの机には、昨日とは別の三枚の答案が置かれていた。
問題は同じである。
令和7年度、建設部門の必須問題Ⅰ-1。
Ⅰ-1
建設業は社会資本の整備・管理の主体であるとともに,災害時における「地域の守り手」として,国民生活や社会経済を支える極めて重要な役割を担っている。一方で,建設業就業者は厳しい就労条件を背景に依然として減少が著しく,他産業を上回る高齢化や若年層の不足が進行している。また,資材価格の高騰や令和6年4月から建設業にも適用された罰則付き時間外労働規制等に対応しつつ,適切に建設工事等が実施される環境づくりも欠かせない状況にある。 こうした背景を踏まえ,令和6年6月には,担い手3法(建設業法・公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律・公共工事の品質確保の促進に関する法律)が改正されたところである。 上記の建設業を取り巻く状況を踏まえて,持続可能な建設業を実現するために,以下の問いに答えよ。
(1) 我が国の社会資本の整備等の担い手・地域の守り手である建設業がその役割を果たし続けるうえで,技術者としての立場で多面的な観点から3つの技術課題を抽出し,それぞれの観点を明記したうえで,その技術課題の内容を示せ。(※) なお,本設問における「技術課題」には,建設業における構造上,制度上,管理上等の課題も含まれるものとする。 (※)解答の際には必ず観点を述べてから技術課題を示せ。
(2) 前問(1) で抽出した技術課題のうち,最も重要と考える技術課題を1つ挙げ,その技術課題に対する複数の解決策を示せ。
(3) 前問(2) で示した解決策に関連して新たに浮かび上がってくる将来的な懸念事項とそれへの対策について,専門技術を踏まえた考えを示せ。
(4) 前問(1)~(3) の業務遂行において必要な要件を,技術者としての倫理,社会の持続性の観点から述べよ。
昨日見た答案は26/40点。
今回の答案は27/40点。
今回の答案は以下
1.持続可能な建設業の実現に向けた課題
1-1 魅力ある就業環境への転換
担い手確保の観点から、魅力ある就業環境への転換が課題である。建設業では高齢化が進み、若年入職者も不足している。加えて時間外労働の上限規制に対応しつつ、地域の守り手として施工量を確保する必要がある。従って、適正工期の確保、週休2日の定着、処遇改善を進め、若年層が入職・定着できる就業環境への転換が課題である。
1-2 労働集約型から自動化型施工への転換
生産方式の観点から、労働集約型から自動化型施工への転換が課題である。建設業は現地一品生産が多く、多数の技能者を現場へ配置する施工形態が残る。一方、今後は少ない就業者でインフラ整備と維持管理を継続する必要がある。従って、ICT建機、自動施工、遠隔施工を導入し、省人化した建設生産方式へ転換することが課題である。
1-3 建設生産プロセスのデータ連携
情報活用の観点から、建設生産プロセス全体のデータ連携が課題である。調査、設計、施工、維持管理ではデータが個別管理され、後工程で再入力や再作成が生じる場合がある。従って、BIM/CIMを中核にデータを標準化し、建設事業全体で一貫利用できる情報基盤を構築することが課題である。
2.最重要課題と解決策
最重要課題は、自動化型施工への転換とする。担い手を短期間で大幅に増加させることは難しい。一方、防災、老朽化対策等の建設需要は継続する。従って、省人化効果を直接得られる本課題を最重要とする。
2-1 自動・遠隔施工の拡大
土工では、掘削、運搬、敷均し、締固めをICT建機や自動施工機械で連携する。施工データを建機間で共有し、複数建機を少人数で遠隔監視する。災害復旧等の危険箇所では遠隔施工を行い、安全性と生産性を同時に高める。
2-2 UAV・センシングによる調査測量の省人化
UAVによる写真測量やレーザ測量により、広範囲の地形を短時間で三次元計測する。河川・港湾等ではマルチビーム測深により水中地形を面的に把握する。取得データを出来形管理や施工計画へ連携し、測量・検査作業を省人化する。
2-3 BIM/CIMによるデータの一貫利用
調査・設計から施工、維持管理までBIM/CIMモデルを一貫利用する。設計段階で施工手順や干渉を事前検討し、フロントローディングにより手戻りを削減する。施工情報や点検履歴をモデルへ蓄積し、維持管理にも継承する。
3.将来的な懸念事項と対策
3-1 現場判断能力の低下
自動施工への依存が進むと、技術者が施工原理や建機挙動を理解する機会が減り、災害時やシステム停止時の判断能力が低下する懸念がある。対策として、熟練技術者の施工判断を動画、施工履歴、異常事例として形式知化する。若手には実機訓練を行い、デジタルと現場技能を併せ持つ技術者を育成する。
3-2 サイバー攻撃・システム障害
建機や施工管理システムのネットワーク化により、サイバー攻撃や通信障害で重機が停止又は誤作動する懸念がある。対策として、アクセス権限管理、ネットワーク分離、バックアップを行う。
4.業務遂行に必要な要件
4-1 技術者倫理
技術者は生産性向上を優先して安全性や品質を低下させてはならない。自動施工等の新技術についてリスクアセスメントを行い、公衆の安全を最優先する。異常時には安全側へ移行するフェールセーフを組み込み、残留リスクを関係者へ説明する。
4-2 社会の持続性
施工段階だけでなく、社会資本のライフサイクル全体で環境負荷を低減する。
低燃費・電動建機の導入、施工待機時間の削減、BIM/CIMによる手戻り削減等によりCO₂排出量を抑制する。また、生産性向上によって限られた担い手でも社会資本を継続して整備・管理できる建設産業へ転換する。
どちらもA評価だ。
私は昨日の答案と今日の答案を左右に並べた。
ワトソン博士
「ホームズ。これは妙だな」
シャーロック・ホームズ
「何がだい?」
「同じ問題で、点数もほとんど同じ。ところが書いてあることはかなり違う」
ホームズは二つの答案へ交互に目を走らせた。
ホームズ
「それのどこが妙なんだ?」
「A評価なら、もっと似た答案になると思っていたんだ」
彼は笑った。
ホームズ
「君はまだ、模範解答が一つあると思っているらしいね」
昨日の26点答案では、
就労環境。
生産性。
インフラストックの適正化。
という比較的離れた三課題が並んでいた。
答案全体にも、
観点
↓
課題
↓
最重要課題
↓
解決策
↓
懸念事項
↓
対策
という流れが見えた。
一方、今回の27点答案は様子が違う。
自動施工。
遠隔施工。
UAV。
マルチビーム測深。
BIM/CIM。
専門技術が前面へ出てくる。
ホームズ
「昨日の答案が“推理の筋道”で見せる答案なら、今日は“証拠の具体性”で見せる答案だ」
なるほど。
同じA評価でも、強みは同じではないらしい。
第二章 三つの課題は本当に「多面的」なのか
今回の再構成答案では、三つの課題を次のように整理した。
1-1 魅力ある就業環境への転換
担い手確保の観点から、魅力ある就業環境への転換が課題である。
高齢化や若年入職者不足が進む中、時間外労働の上限規制にも対応しながら施工量を確保しなければならない。
従って、若年層が入職・定着できる就業環境を構築することが課題となる。
1-2 限られた担い手による施工能力の確保
生産能力の観点から、限られた担い手で必要な施工能力を確保することが課題である。
建設業では現地一品生産が多く、多数の技能者を配置する施工形態が残る。一方、担い手不足が進んでも、防災・減災や老朽化対策を止めることはできない。
従って、少ない就業者で必要な施工量を確保することが課題である。
1-3 建設生産プロセスにおける情報断絶の解消
情報活用の観点から、建設生産プロセスにおける情報断絶の解消が課題である。
調査、設計、施工、維持管理の各段階でデータが個別管理されれば、再入力や再作成が発生する。
従って、各段階の情報を継承し、建設生産全体を効率化することが課題である。
ワトソン
「昨日の三課題より、二番と三番が少し近くないか?」
ホームズ
「その通り」
ここは今回の答案の弱点である。
昨日の答案は、
人。
建設生産。
社会資本ストック。
と視点が大きく離れていた。
今回の答案は、
人。
施工方式。
情報。
である。
形式的には多面的だ。
しかし、二番と三番はどちらも生産性向上へ収束しやすい。
だから、設問(1)だけを比較すれば、私は昨日の答案の方が安定していると思う。
それでも今回の答案がA評価だった。
ならば別の場所に強みがあった、と考えるべきだ。
第三章 課題と解決策を混ぜない
元の再現答案では、
「労働集約型から自動化型施工への転換」
そのものを課題としていた。
だが、少し考えてみよう。
ワトソン
「自動化型施工へ転換することが課題では駄目なのか?」
ホームズ
「自動化は何のためにする?」
「人手不足に対応するためだろう」
「なら、本当の課題はそちらじゃないのか?」
これが、観点と課題を整理するときの重要なところである。
課題を、
「自動化すること」
とすると、その時点で解決策を決めてしまっている。
そこで今回は、
限られた担い手で施工能力を確保する
ことを課題とした。
その解決策として、
自動施工。
遠隔施工。
ICT施工。
を置く。
同じことが第三課題にもいえる。
「データ連携」を課題とするより、
情報断絶の解消
を課題とする。
その解決策としてBIM/CIMによるデータ連携を置けばよい。
ホームズ
「課題を見つけてから道具を選ぶ。道具を先に持ってきて、それに合う事件を探してはいけない」
答案も同じである。
第四章 最重要課題の選び方は昨日より明確になった
今回の最重要課題は、
限られた担い手による施工能力の確保
とした。
理由はこうだ。
担い手を短期間で大幅に増やすことは難しい。
しかし、防災・減災、老朽化インフラへの対応は継続する。
ならば、少ない人員で必要な建設生産量を確保しなければならない。
ワトソン
「昨日の答案も生産性向上を最重要にしていたな」
ホームズ
「そうだ。ただ今日の方が、その先にある技術へつなげやすい」
ここから今回の答案の特徴が現れる。
最重要課題を選んだ後、解決策が一気に具体化するのである。
第五章 自動施工は「ICTを活用する」で終わっていない
一つ目の解決策は、自動・遠隔施工である。
土工では、掘削、運搬、敷均し、締固めをICT建機や自動施工機械で連携する。施工データを建機間で共有し、複数建機を少人数で遠隔監視する。災害復旧等の危険箇所では遠隔施工を行い、安全性と生産性を同時に高める。
ホームズが指でその部分を叩いた。
ホームズ
「昨日の答案との違いが出たね」
「専門用語が多いからか?」
「違う。施工の姿が見えるからだ」
掘削。
運搬。
敷均し。
締固め。
これは単なる、
「ICT施工を推進する」
ではない。
どの作業へ技術を使うのか。
何を連携させるのか。
何を省人化するのか。
そこまで見える。
専門用語は、多ければよいのではない。
専門技術が現場の中で動いていること。
それが重要なのである。
第六章 UAVとマルチビームが「キーワード列挙」にならない理由
二つ目の解決策は、調査測量の省人化である。
UAVによる写真測量やレーザ測量により、広範囲の地形を短時間で三次元計測する。河川・港湾等ではマルチビーム測深により水中地形を面的に把握する。取得データを出来形管理や施工計画へ連携する。
ワトソン
「UAV、レーザ、マルチビーム。これはかなり専門的に見えるな」
ホームズ
「用語だけ並んでいたなら私は評価しない」
ここでも見るべきは、
技術名称
↓
何を計測するか
↓
何に使うか
↓
どんな効果を出すか
という流れである。
UAVを使う。
それで終わらない。
地形を三次元計測する。
さらに施工計画や出来形管理へ使う。
だから省人化につながる。
マルチビームも同じだ。
「知っている技術を書いた」のではない。
課題解決の中へ置いている。
ここが今回の答案の強さである。
第七章 BIM/CIMも「使う」だけではない
三つ目はBIM/CIMである。
調査・設計から施工、維持管理までBIM/CIMモデルを一貫利用する。設計段階で施工手順や干渉を事前検討し、フロントローディングにより手戻りを削減する。施工情報や点検履歴をモデルへ蓄積し、維持管理にも継承する。
ワトソン
「BIM/CIMを活用する、と一行書けばもっと短く済むんじゃないか?」
ホームズは呆れた顔をした。
ホームズ
「君は診療録に“薬を使う”とだけ書くのか?」
私は黙った。
ここでは、
調査。
設計。
施工。
維持管理。
というライフサイクルがある。
設計段階ではフロントローディング。
施工では手戻り削減。
維持管理では情報継承。
つまり、
何のためにBIM/CIMを使うか
が見える。
昨日の26点答案では、解決策2と3がかなり短かった。
今回は、その部分が強い。
点数は一ポイントしか違わない。
だが答案の個性は大きく異なる。
第八章 解決策から「人間の技能低下」というリスクが生まれる
今回の将来的懸念事項も面白い。
自動施工を進める。
すると省人化できる。
生産性は上がる。
しかし、その先に何が起こる?
自動施工への依存が進むと、技術者が施工原理や建機挙動を理解する機会が減り、災害時やシステム停止時の判断能力が低下する。
ワトソン
「機械が優秀になるほど、人間が弱くなる可能性があるわけか」
ホームズ
「典型的なトレードオフだね」
そこで、
熟練技術者の判断を形式知化する。
異常事例を残す。
若手に実機訓練を行う。
非常時にも判断できる技術者を育てる。
という対策へつなげる。
これは昨日の「ブラックボックス化」と近い。
しかし今回は、
自動化によって人間側に何が起きるか
まで一段踏み込んでいる。
技術導入の副作用として自然である。
第九章 サイバーリスクも「突然現れた危険」ではない
もう一つの懸念事項が、サイバー攻撃とシステム障害である。
建機。
施工管理システム。
通信ネットワーク。
これらをつなぐほど、攻撃面も増える。
通信が切れれば停止する。
不正制御されれば誤作動する可能性もある。
だから、
アクセス権限管理。
ネットワーク分離。
バックアップ。
さらに、
安全停止するフェールセーフ。
手動操作への切替。
代替通信手段。
といった対策を組み合わせる。
ホームズ
「いいリスクという表現は妙だが、答案としてはいい」
「なぜ?」
ホームズ
「前の解決策を読めば、なぜこのリスクが出てきたのか説明できるからだ」
これが重要だ。
「地震が怖い」
「人材不足が心配」
と一般論を突然出してはいけない。
解決策から生まれる新たな問題を書く。
それなら答案の推理は切れない。
第十章 倫理まで解決策とつながっている
技術者倫理では、
生産性向上を優先して安全性や品質を低下させてはならない。自動施工等の新技術についてリスクアセスメントを行い、公衆の安全を最優先する。異常時には安全側へ移行するフェールセーフを組み込み、残留リスクを関係者へ説明する。
とした。
ここも今回の答案らしい。
ワトソン
「昨日は公益性や安全・安心が中心だったな」
ホームズ
「今日は提案した技術そのものから倫理を考えている」
生産性向上。
自動施工。
サイバーリスク。
フェールセーフ。
残留リスク。
全部がつながっている。
倫理を最後だけ別の話にしていない。
これは評価しやすい。
第十一章 社会の持続性も「CO₂」だけで終わらせない
社会の持続性では、
低燃費・電動建機。
施工待機時間削減。
BIM/CIMによる手戻り削減。
それらによるCO₂排出削減を挙げる。
だが、今回重要なのは最後である。
生産性向上によって限られた担い手でも社会資本を継続して整備・管理できる建設産業へ転換する。
ホームズ
「ここで問題文へ戻ってきた」
そうなのだ。
問題文は「持続可能な建設業」を問うている。
環境負荷低減だけを書けば、環境問題への回答で終わる。
しかし、
担い手が減っても、
必要なインフラを造る。
維持する。
災害時には地域の守り手として働く。
そこまで含めて、建設業そのものの持続性になる。
答案の最後が問題文へ戻っている。
これは小さいようで、かなり重要なことである。
第十二章 26点と27点、どちらが「正しい答案」なのか
私は昨日の答案をもう一度取り出した。
26点。
そして今日の27点。
ワトソン
「ではホームズ。どちらが良い答案なんだ?」
彼はしばらく二つを眺めた。
ホームズ
「質問が悪い」
「またか」
「二つともA評価だったんだろう?」
「そうだ」
「なら、少なくとも“正解は一つしかない”という仮説は捨てられる」
昨日の答案は、三課題が比較的多面的だった。
論理の線も安定していた。
一方、解決策の一部は薄かった。
今日の答案は、課題設定ではDX寄りの重なりがあった。
しかし、自動施工、UAV、マルチビーム、BIM/CIMと、専門技術の使い方が具体的だった。
つまり、
26点答案=論理構造の安定感
27点答案=専門技術の具体性
という違いが見える。
採点者が各箇所を何点と評価したかは分からない。
したがって「これがA評価の理由だ」と断定することはできない。
それでも答案に残された特徴から、
異なる強みを持つ二つの答案が、ほぼ同じA評価へ到達した
ことまでは読み取れる。
第十三章 A評価答案には「唯一の型」がない
夜になった。
二つの答案は、まだ机の上に並んでいる。
私は少し考えてから言った。
ワトソン
「昨日の記事を読んだ人は、“一本の論理を通せばA評価になる”と思うかもしれない」
「それだけでは足りないね」
「今日の答案を読めば、“専門用語をたくさん書けばいい”と思う人も出てきそうだ」
「それも違う」
「では何なんだ?」
ホームズは二枚の答案の間に鉛筆を置いた。
ホームズ
「論理と専門技術だよ。どちらかを飾りにしてはいけない」
問題文に答える。
観点を分ける。
課題を具体化する。
最重要課題を合理的に選ぶ。
専門技術を、課題を解決する道具として使う。
その解決策から新たなリスクを考える。
倫理と持続性まで同じ筋の中へ置く。
それができれば、答案の形は一つでなくてよい。
私は26点答案を左に、27点答案を右に重ねた。
文章は違う。
課題も違う。
解決策も違う。
しかし、どちらにもAという評価が残った。
ホームズは椅子から立ち上がった。
ホームズ
「模範解答を一つ探すより、なぜ違う二つの推理がどちらも成立したのかを調べる方が、ずっと勉強になる」
坂戸市ベイカー街221Bの机には、二つのA評価答案が残された。
同じ答えではなかった。
だからこそ、そこから読み取れるものがあった。







