―いきなり本文を書き始める人が、途中で迷子になる理由
第一章 坂戸市ベイカー街221Bの白紙答案
十月の朝だった。
坂戸市ベイカー街221Bの食卓で、私は答案用紙を前にしていた。
私は万年筆を持ったまま、もう五分ほど動けずにいた。
ワトソン博士
「ホームズ。奇妙だ」
窓際の椅子で新聞を読んでいたホームズは、顔も上げなかった。
シャーロック・ホームズ
「君が答案を書き始めて三行で止まったことなら、奇妙でも何でもない」
「見ていたのか?」
「見なくても分かる。さっきから万年筆のキャップを四回も外しては閉じている」
私は答案を彼の方へ押した。
「最初の課題は書けたんだ。ところが、その後どう続ければいいか分からなくなった」
ホームズは三行を読んだ。
ホームズ
「当然だね」
「なぜだ?」
「行き先を決めずに歩き始めたからだ」
「答案を書いているんだぞ。散歩じゃない」
彼はようやく新聞を畳んだ。
ホームズ
「答案も同じさ。君は本文を書こうとした。私は、その前に地図を作る」
「地図?」
「受験生はそれを骨子と呼んでいるんじゃないのかね」
私は白紙の答案を見た。
骨子。
知っている言葉だった。
だが私は、それを「時間に余裕がある人が作るメモ」くらいに考えていたのである。
第二章 骨子は「下書き」ではない
技術士二次試験の勉強で、「骨子を作りましょう」と言われることがある。
すると、
課題名を箇条書きにする。
解決策を書き留める。
思いついたキーワードを並べる。
その程度のものだと思うかもしれない。
しかし、本来の骨子はもっと重要な役割を持つ。
答案全体の論理構造を、本文を書く前に確認するための設計図である。
ワトソン
「設計図というほど大げさなものなのか?」
ホームズ
「橋を設計図なしで造る技術者がいるかい?」
「いないだろう」
「では、なぜ答案だけはいきなり造り始める?」
言われてみれば妙な話だ。
問題文を読む。
すぐ一行目を書く。
その場で次の文章を考える。
思いついた解決策を足す。
最後になって字数が足りなくなる。
あるいは、逆に書くことがなくなる。
これは文章力の問題に見える。
だが、実際にはその前段階で、
答案全体の構造を決めていない
ことが原因の場合が多い。
第三章 いきなり書くと「最初に思いついた案」に支配される
人間には少々厄介な癖がある。
最初に思いついた案を採用したくなる。
例えば問題文を読んだ瞬間、
「これはDXだ」
と思う。
すると第一課題もDX。
解決策もDX。
リスクもDX関連。
答案全体が一つの方向へ引っ張られる。
ワトソン
「得意なテーマなら、それでもいいんじゃないか?」
ホームズは首を振った。
ホームズ
「事件現場に泥の足跡があったからといって、泥棒だと決めつけるのか?」
「他の証拠も見る」
「答案でもそうしたまえ」
骨子を作る意味の一つは、
最初の思いつきから一度離れること
にある。
課題を三つ並べる。
観点が重複していないかを見る。
他の課題候補はないか考える。
そこで初めて、
「この三つでよい」
と判断する。
本文を書き始めてから課題を入れ替えるのは難しい。
骨子なら、まだ消しゴム一本で済む。
第四章 骨子では「観点→課題」の順番を見る
技術士答案では、課題を三つ挙げればよいわけではない。
特に必須問題やⅢ問題では、多面的な視点が重要になる。
ここで骨子が役立つ。
例えば、
観点① 維持管理
課題① 老朽化施設の状態把握を効率化する
観点② 人的資源
課題② 熟練技術者不足に対応した技能継承を進める
観点③ 防災
課題③ 災害時にも機能を継続できる体制を構築する
と並べてみる。
すると、三つの課題が本当に違う観点から出ているか確認できる。
ところが、
課題① DXを進める
課題② AIを活用する
課題③ データ共有を進める
ではどうだろう。
一見三つある。
しかし全部「デジタル活用」という一つの方向に寄っている。
ホームズ
「三人の容疑者を挙げたつもりが、全員同じ人物の変装だった、というわけだ」
骨子にすれば、それが見える。
本文だけ読んでいると、文章量に隠れて気付きにくい。
第五章 最重要課題は、骨子の段階で決める
三課題を出した。
次に最重要課題を選ぶ。
ここでも、本文を書きながら考えるのは危険だ。
先に骨子で比較する。
安全への影響。
他課題への波及。
緊急性。
実現可能性。
事業継続への影響。
何を基準に選ぶのか。
そこまで考える。
ワトソン
「最重要課題なんて、自分が一番書きやすいものを選べばいいんじゃないか?」
ホームズは笑った。
ホームズ
「試験委員に『私はこれが一番書きやすかったので最重要です』と説明するつもりかね?」
もちろん、そんな答案は書けない。
だから骨子の時点で、
三課題の中からなぜこれを選ぶのか
を一行で書いておく。
これだけで、本文の説得力が変わる。
最重要課題は「宣言」ではない。
比較した上での判断である。
第六章 解決策を三つ並べる前に「課題との接続」を見る
骨子で最も重要なのは、課題と解決策の関係かもしれない。
例えば課題が、
「老朽化施設の状態把握を効率化すること」
だったとする。
解決策として、
①センサーによる常時監視
②ドローンによる画像点検
③AIによる劣化予測
を挙げる。
ここまではよい。
ただし、さらに見る。
センサーは何を監視するのか。
ドローンで何を確認するのか。
AIは何のデータから何を予測するのか。
そこまで骨子に書く。
ワトソン
「そんなに書いたら、骨子だけで時間がかかるぞ」
ホームズ
「本文で迷う時間と、どちらが長い?」
答えに詰まる。
骨子の段階で解決策が具体化していれば、本文を書くときは説明を文章へ変換するだけになる。
逆に、
「DXを進める」
だけの骨子では、本文に入った瞬間に再び考えなければならない。
それでは骨子を作った意味がない。
第七章 リスクまで書いて初めて一本の線になる
多くの受験者が骨子を、
課題。
解決策。
ここまでで終える。
しかし、できればその先まで作りたい。
新たなリスク。
対応策。
ここまで一本につなげる。
例えば、
解決策:IoTセンサーによる常時監視
新たなリスク:通信障害やセンサー故障により誤った状態判定を行う
対応策:複数センサーによる冗長化、定期的な現地点検との組合せ
こうすれば、
課題
↓
解決策
↓
新たなリスク
↓
対応策
がつながる。
ホームズ
「推理というものは、途中だけ正しくても駄目なんだよ」
答案も同じだ。
リスクが突然別の話題になれば、論理が切れる。
骨子なら、その切れ目を本文を書く前に発見できる。
第八章 骨子を作ると「字数配分」まで見えてくる
技術士二次試験では、答案用紙に限りがある。
知っていることを全部書けばよいわけではない。
だから、
どこに何文字使うか。
これも重要になる。
骨子を作れば、
課題抽出。
最重要課題。
解決策。
リスク。
倫理。
それぞれにどの程度の分量を使うか見通せる。
ワトソン
「文章を書き始めてから調整してもいいだろう?」
ホームズ
「旅の終点で、最初の荷物が多すぎたと気づいても仕方ない」
最初の課題説明に力を入れ過ぎて、解決策を書く頃には答案用紙が足りない。
これはよくある失敗だ。
反対に短く書き過ぎて、最後に余白が大量に残ることもある。
骨子は、論理だけでなく、
答案用紙という有限資源の配分表
にもなる。
第九章 骨子は「30分かけて作るもの」ではない
ここで別の誤解がある。
骨子を丁寧に作ろうとして、時間をかけ過ぎる。
美しい表を作る。
文章まで完全に書く。
色分けする。
これでは本番で使えない。
ワトソン
「では、どのくらいで作ればいい?」
ホームズ
「必要な判断が終わるまでだ」
時間そのものより、骨子の役割を考える。
問題文の条件。
三つの観点。
課題。
最重要課題。
解決策。
リスク。
この関係が見えればよい。
本番なら箇条書きで十分だ。
例えば、
観点:人的資源
課題:維持管理技術者不足
最重要理由:他施策の実行基盤
解①遠隔点検
解②標準化
解③技能継承
リスク:自動化依存→非常時対応力低下
対策:定期的な手動訓練
これだけでも、答案の道筋はかなり見える。
骨子は作品ではない。
本文を書くための作業メモである。
第十章 骨子を見れば、自分の弱点が分かる
骨子にはもう一つ面白い使い方がある。
答案を書かなくても、自分の不足が見える。
例えば、
課題は出せた。
だが解決策が一つしか出ない。
これは専門知識不足かもしれない。
解決策は三つ出た。
しかしリスクが思いつかない。
これは実施後を考える訓練が足りない。
課題は三つあるが、観点が全部似ている。
多面的分析が弱い。
ワトソン
「つまり骨子そのものが診断になる?」
ホームズ
「ようやく医者らしい表現をしたね」
骨子を何問か作ると、自分の癖が見える。
いつも人材不足を書く。
何でもDXへ持っていく。
安全の観点が抜ける。
リスクが一般論になる。
こうした癖は、完成答案より骨子の方が見つけやすい。
余計な文章がないからだ。
第十一章 模範解答を見る前に骨子を一度作る
過去問勉強でも骨子は使える。
問題を読む。
難しい。
すぐ模範解答を見る。
これはもったいない。
最低限、
観点。
課題。
最重要課題。
解決策。
ここまで自分で考えてから模範解答を見る。
すると、
「自分にはこの観点がなかった」
「解決策はこちらの方が具体的だ」
「自分の課題の方が問題文には合っている」
と比較できる。
ホームズ
「答えを先に見た者は、その答え以外を考えにくくなる」
『シャーロック・ホームズの思考術』でも、先入観を持たずに観察し、自分の仮説を検証することの重要性が扱われている。技術士答案でも、先に模範解答を見てしまえば、自分自身の仮説を作る機会を失う。
骨子を先に作る。
そのわずかな手間が、過去問を「読む勉強」から「考える勉強」に変える。
第十二章 生成AI時代ほど、自分の骨子が必要になる
ChatGPTなどの生成AIを使えば、骨子も数秒で作れる。
では、自分で作る必要はなくなるのか。
逆である。
AIが簡単に骨子を作れるからこそ、
自分の骨子を先に持つ意味が大きくなる。
先にAIへ聞く。
課題が三つ出る。
なるほどと思う。
それ以外の考え方が浮かびにくくなる。
これでは自分の思考訓練にならない。
一方、
先に自分の骨子を作る。
その後にAIへ、
「この課題に別の観点はあるか」
「解決策の弱点を指摘して」
「このリスクは本当に解決策から生じているか」
と聞く。
すると比較ができる。
ワトソン
「自分の推理を作ってから、助手の意見を聞くわけだ」
ホームズ
「助手に最初から事件を解決させたら、探偵は育たないからね」
生成AIは骨子を代わりに作る道具ではなく、骨子を鍛える道具として使える。
第十三章 骨子ができれば、本文は「考える作業」から「伝える作業」へ変わる
夕暮れになっていた。
朝、三行で止まった答案用紙がまだ机にある。
その隣には、小さなメモが一枚。
観点。
三課題。
最重要課題。
選定理由。
三つの解決策。
リスク。
対応策。
それだけだ。
私は新しい答案用紙を取り出した。
ワトソン
「今度は書けそうな気がする」
ホームズ
「当然だ。もう何を書くかは決まっている」
私は最初の一行を書いた。
次が出る。
その次も。
朝とはまるで違った。
考えながら書いているのではない。
すでに考えたことを、読み手に伝わる形へ変えている。
そこで、骨子を作る意味がようやく分かった。
本文を書きながら、
課題を考え、
解決策を考え、
順番を考え、
字数まで考える。
それを全部同時にやろうとするから迷うのだ。
先に判断を終わらせる。
そして書く。
『シャーロック・ホームズの冒険』のホームズも、得られた事実を頭の中でつなぎ合わせてから、ワトソンへ推理を説明する。説明しながら犯人を探しているわけではない。
答案も同じだった。
私は最後の解決策を書き終え、少し得意になってホームズを見た。
ワトソン
「どうだ。今度は止まらなかったぞ」
彼は答案ではなく、机の上に残った小さな骨子を見た。
ホームズ
「それを捨てない方がいい」
「なぜ?」
「君が答案を書く前に、ちゃんと考えた証拠だからさ」
白紙だった朝の答案の横に、鉛筆で書き殴った一枚の紙が残った。
見栄えは悪い。
だが、そこには答案のすべてが、すでに始まっていた。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。







