【技術士試験】ホームズの推理:首都圏外郭放水路は何を守っているのか?

―地下50mの巨大インフラから考える「見えない防災」の価値

第一章 坂戸市ベイカー街221Bに現れた「地下神殿」

十月の朝だった。

食卓に、私は一枚の写真を広げていた。

巨大な柱が林立する地下空間。

薄暗い照明。

人間が立てば、まるで模型のように小さく見える。

ワトソン博士

「ホームズ。これは本当に日本なのか?」

窓辺で新聞を読んでいたホームズが、ちらりと写真を見た。

シャーロック・ホームズ

「首都圏外郭放水路の調圧水槽だね」

「知っていたのか?」

「有名だからね。もっとも、君が“地下神殿”という呼び名だけで感心しているなら、まだ入口にも立っていない」

私は写真をもう一度見た。

「これだけ巨大な施設を地下に造って、平常時にはほとんど水が流れていないんだろう? ずいぶん贅沢な設備にも見える」

ホームズは新聞を畳んだ。

ホームズ

「ワトソン君。君は病院の救急設備も、使わなかった日は無駄だと言うのかい?」

私は黙った。

それは、いささか卑怯な質問だった。

ホームズ

「防災インフラの価値は、働いたときだけではなく、何が起きずに済んだかまで見なければ分からない」

首都圏外郭放水路。

この巨大な地下施設は、何を守っているのか。

それを考えると、インフラの値段そのものが少し違って見えてくる。

第二章 なぜ地下50mに「川」を造ったのか

首都圏外郭放水路は、埼玉県東部の中川・綾瀬川流域の洪水被害を軽減するために整備された、世界最大級の地下放水路である。

中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川などが増水した際、その一部を地下へ取り込み、江戸川へ流す。流域は利根川、江戸川、荒川などに囲まれ、土地が低く、水がたまりやすい。加えて河川勾配も緩く、都市化によって雨水が地中へ浸透しにくくなったことも、浸水被害を起こしやすくしてきた。

施設の中心となるトンネルは国道16号の地下約50mを通り、全長約6.3km、内径約10m。5つの立坑、調圧水槽、排水機場などで構成される。

ワトソン

「なぜ地下50mなんだ? もっと浅くてもよかったんじゃないか?」

ホームズ

「地上にはすでに街がある」

その通りだった。

国土交通省によれば、深い地下を選んだ理由には、地上の土地利用への影響を避けること、地域を分断しないこと、用地取得に時間を要しないことなどがあった。

つまり巨大だから地下に隠したのではない。

都市の機能を壊さず、都市を守るために地下へ置いた。

そこには土木技術だけでなく、都市計画上の判断もある。

第三章 13年かけて造った施設は、本当に高かったのか

首都圏外郭放水路は1992年度に事業着手し、1993年3月に工事着手。2002年6月に3.3km区間が部分通水し、2006年6月に全6.3kmの通水が始まった。およそ13年をかけた大事業である。

調圧水槽は長さ約177m、幅約78m、高さ約18m。巨大な柱が59本並ぶ。排水ポンプは4台で、最大毎秒200立方メートルを排水できる。

数字だけ並べれば、いかにも巨大公共事業らしい。

ワトソン

「これだけのものを造れば、相当な費用がかかったはずだ」

ホームズ

「当然だろうね」

「なら、費用に見合うかどうかを問うのは自然だろう?」

ホームズ

「自然だ。ただし、何と比較するかが問題だ」

建設費だけを見る。

すると大きい。

だが、防災インフラの費用対効果を考えるなら、

造った費用

だけではなく、

造らなかった場合に生じた被害

も見なければならない。

そこから話が変わる。

第四章 2015年の豪雨で「起きなかったこと」

2015年9月の関東・東北豪雨。

首都圏外郭放水路は、通水開始以来最大の流入量を記録した。

国土交通省は、1986年8月の洪水と比較している。

1986年の洪水時より2015年の方が最大24時間降水量は約1.1倍だった。

それにもかかわらず、中川・綾瀬川流域の浸水戸数は16,874戸から1,849戸へ減少した。

約9割減である。

ワトソン

「雨は多かったのに、浸水した家はずっと少なかった?」

ホームズ

「そういうことになる」

もちろん、洪水被害の減少を首都圏外郭放水路だけの効果と単純化してはいけない。

流域では他の治水施設も整備されている。

河道改修。

排水機場。

放水路。

さまざまな対策が組み合わさっている。

それでも首都圏外郭放水路が大きな役割を担ったことは、国土交通省自身がストック効果の事例として示している。

ここで面白いのは、成果の現れ方だ。

壊れた家が減った。

浸水しなかった道路がある。

止まらなかった工場がある。

避難しなくて済んだ人もいたかもしれない。

つまり、

施設が働いた証拠の多くは「何も起きなかった」という形で現れる。

第五章 「何も起きなかった」は成果になるのか

私はそこで少し考え込んだ。

ワトソン

「しかしホームズ、“被害が起きなかった”というのは、評価が難しいな」

「その通り」

「実際に壊れたものなら被害額を計算できる。でも壊れなかったものの値段はどうする?」

ホームズは机を指で軽く叩いた。

ホームズ

「そこが防災インフラの面白いところだよ」

火災が起きなかった消防設備。

事故が起きなかった安全装置。

洪水が起きなかった治水施設。

成功すると、

成果が見えなくなる。

これは、防災インフラが抱える宿命でもある。

事故が起これば、

「なぜ対策しなかった」

と言われる。

事故が起きなければ、

「本当にそんな施設が必要なのか」

と言われる。

技術者にとって、少々厄介な仕事である。

第六章 防いだのは住宅だけではない

首都圏外郭放水路の効果は、浸水戸数だけで見ると不十分かもしれない。

道路が浸水しなければ、物流は動く。

工場が浸水しなければ、生産は続く。

店舗が営業できれば、地域経済も止まらない。

住宅地の水害リスクが下がれば、土地利用にも影響する。

国土交通省は、首都圏外郭放水路による浸水被害の軽減が、住宅開発や企業誘致など地域活性化にも寄与したと説明している。

ワトソン

「治水施設なのに、企業誘致まで関係するのか?」

ホームズ

「企業だって洪水の中で操業したくはないだろう」

確かにそうだ。

工場を造る。

物流施設を置く。

住宅地を開発する。

そこでは土地価格や交通アクセスだけではなく、災害リスクも判断材料になる。

ならば、治水によって得られるものは、

直接的な浸水被害軽減

だけではない。

地域へ投資しやすくなる。

生活しやすくなる。

企業活動を継続しやすくなる。

防災インフラには、そうした間接的な価値もある。

第七章 地下神殿は観光施設ではない

首都圏外郭放水路と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「地下神殿」だろう。

巨大な柱が並ぶ調圧水槽は、テレビ番組や映画などでも使われ、現在は見学施設としても知られている。

ワトソン

「私も一度行ってみたい」

ホームズ

「構わない。ただし観光地だと思って帰ってきたら落第だ」

調圧水槽には明確な役割がある。

地下トンネルから流れてきた洪水の勢いを弱め、江戸川へスムーズに排水するための施設だ。

つまり、あの巨大な柱列は美術品ではない。

水圧や流れを制御するために存在する。

インフラツーリズムとして人を惹きつける外見を持ちながら、本質は徹底的に機能的だ。

技術者にとって面白いのは、そこだ。

第八章 防災インフラは「保険」に似ているのか

私はホームズに聞いた。

ワトソン

「この施設は巨大な保険みたいなものか?」

「完全には同じではないが、考え方としては面白い」

保険料を払う。

事故が起きなければ、その年は給付を受けない。

だからといって、

「保険料が無駄だった」

とは必ずしも言わない。

リスクを一定範囲で移転・緩和する価値にお金を払っているからだ。

防災インフラも似ている。

洪水が起きない年には、その機能は目立たない。

しかし極端な豪雨が来た瞬間、その意味が現れる。

問題は、

どこまで備えるか

である。

無限に大きな施設は造れない。

予算も限られる。

設計外力もある。

想定を超える災害も起こり得る。

だから防災インフラは、

「造れば安全」

という単純な話ではない。

第九章 外郭放水路があれば洪水は起きないのか

ここは誤解してはいけない。

首都圏外郭放水路は強力な防災インフラだ。

しかし、万能ではない。

ワトソン

「地下にこれほど大きな施設があるなら、もう洪水の心配はないんじゃないか?」

ホームズは即座に首を振った。

ホームズ

「その発想が一番危険だ」

治水は複数の対策で成り立つ。

河川改修。

堤防。

調節池。

放水路。

排水機場。

流域対策。

土地利用。

避難。

一つの施設ですべてを解決できるわけではない。

実際、中川・綾瀬川流域では複数の治水施設整備が進められてきた。

さらに近年は、気候変動を踏まえ、流域全体で水害を減らす「流域治水」の考え方が重視されている。

強いインフラがあるからこそ、

それに依存し過ぎないこと

も必要になる。

第十章 造った後も、巨大施設は働き続けなければならない

巨大インフラには、完成後にも仕事がある。

点検。

設備更新。

ポンプの保守。

電気設備。

機械設備。

コンクリート構造物。

操作訓練。

平常時には目立たない。

だが、洪水が来たときにポンプが動かなければ意味がない。

ワトソン

「なるほど。造って終わりではない」

ホームズ

「むしろ防災設備は、必要になった瞬間に確実に動くことが要求される」

これは厳しい条件だ。

普段あまり使わない。

しかし使うときは失敗できない。

医療の救急設備に近い。

防災インフラの価値を考えるなら、建設費だけではなく、

維持管理と更新を含むライフサイクル

まで見なければならない。

「安いインフラは本当に安いのか?」という問いとも、ここでつながる。

第十一章 技術者は「起きなかった災害」をどう説明するのか

夕方になった。

私は最初に見ていた地下神殿の写真へ戻った。

巨大だ。

その印象は変わらない。

だが、朝よりも少し別のものに見える。

ワトソン

「ホームズ。こういう施設の価値を住民に説明するのは難しそうだ」

「そうだろうね」

「被害が出れば必要性は伝わる。でも被害がなければ、“本当に必要だったのか”と言われる」

「だから数字だけでは足りない」

技術者には、説明する仕事もある。

どんなリスクがあったのか。

何を防ぐための施設なのか。

どの程度の被害が軽減されたのか。

地域経済へどんな影響があるのか。

維持管理にどれだけ必要なのか。

何ができて、何ができないのか。

そこまで伝える。

これは単なる広報ではない。

社会資本の価値を社会へ翻訳する仕事である。

技術士試験でいうコミュニケーション能力も、こういう場面で意味を持つ。

第十二章 地下50mから見える「値段のない成果」

夜になった。

写真の中の巨大な柱は、変わらず静かに立っている。

私は少し笑った。

ワトソン

「妙だな。朝は“使っていない巨大空間”に見えたんだ」

「今は?」

「使わない時間が長いからこそ、必要な瞬間に価値が出る施設に見える」

ホームズは何も言わなかった。

私はさらに続けた。

「しかも守っているのは家だけじゃない。道路も、工場も、仕事も、地域の信用も……」

彼はそこで口を開いた。

ホームズ

「そう。それを全部、建設費と同じ単位で簡単に並べられないところが面白い」

首都圏外郭放水路の価値を語るなら、

地下50m。

全長6.3km。

巨大な立坑。

調圧水槽。

毎秒200立方メートルの排水能力。

もちろんそれらは重要だ。

だが、それだけではない。

浸水しなかった家。

止まらなかった道路。

休業せずに済んだ工場。

避難しなくて済んだ人。

企業が進出できた土地。

そして、

何も起きなかった一日。

私は写真を閉じた。

ワトソン

「巨大なコンクリート構造物の値段を計算する方が、ずっと簡単だな」

ホームズは椅子へ深く腰を下ろした。

ホームズ

「当然さ。失われなかったものには、請求書が届かないからね」

坂戸市ベイカー街221Bの窓の外は、静かな夜だった。

その静けさに、値段は付いていなかった。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。

【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。

この記事を書いた人

匠 習作

代表:匠 習作(たくみ しゅうさく・本名は菊地孝仁)
開講10年の歴史/総受講者数650名以上/web授業の先駆者

皆さん、こんにちは!「ロックオン講座」主宰の匠習作です。
HPをご覧いただきありがとうございます。
技術士二次試験は“論理的な思考能力”を鍛えて挑む必要がありますので
無事一次試験を突破された方でも、難しいなと感じる方が多くいらっしゃると思います。

とはいえ、働きながら十分な勉強時間を確保することは非常に大変なことです。
私自身、新卒から23年間医療機器メーカー勤務の会社員をしながら、懸命に勉強をしていた一人です。
この実体験を活かして、技術士試験の合格を目指す方々をサポートし、合格へと導きたい。少しでも役立つヒントや情報を提供したい。そう考えたことが本講座の始まりです。

■当講座のポイント
・質問回数無制限
zoomまたはchatwork(メールも可)にて、いつでも何度でも受け付けます。
・スピード添削
提出後概ね1日以内、ご本人が書いたことを忘れないうちにお返しすることができます。
論述の上達には添削が不可欠です。ここをしっかりこなせるかが合格への肝になります。
・開校当初からのweb授業とオリジナルテキスト
70を超える動画や200を超えるPDF資料、過去問12年分の解説集等々を提供します。
検索しやすいように整理され、自由にダウンロードして参照することができます。
・イチから教える“論作文”
私は自分が受験したとき大手講座で「技術士の解答ではない」と一言いわれ、どう改善すればよいか分からず困った経験があります。最初に書いた解答でした。
当講座では、主語と述語の関係から論理の展開まで、丁寧に細かく解説しますのでご安心ください。また、良いところは良いと褒めるようにしています。

■こんな方におすすめ
・仕事があるので対面授業には通えない、web授業でマイペースに勉強がしたい方
・とはいえ、続けられるかが不安、定期的にオンライン授業も受けたい方
・モチベーションを保つため、資格後のキャリアについても考えていきたい方
・論作文に苦手意識のある方
・他社の講座が合わずドロップアウトした方

Web授業×zoomライブ講座×24h質問対応にて、あなたをサポートします。

2013年に技術士講座を開講し、今年で10年目になりました。
総受講者数は600名を超え、多くの方が技術士試験に合格し、各分野で活躍されています。
各分野のテクノロジー産業のスペシャリストであり、産業分野において最高峰の資格といえる「技術士資格」は皆さんのキャリアにおいて大きな力となり、令和を生きるための強い武器となるでしょう。
長い歴史と実績のある、当社「ロックオン講座」を受講してみませんか?
初回zoom相談はいつでも無料です。是非お声掛けください。

匠習作のYouTubeチャンネルは、以下です。
https://www.youtube.com/channel/UCrbmFXXZvrb1a-nbQm-MOig

カテゴリー