合格率11%台の数字に隠された本当の難しさ
プロローグ:ベイカー街に持ち込まれた「11.4%事件」
~坂戸市、ベイカー街221B。ワトソンは一枚の紙を手に、難しい顔をしていた~
ワトソン博士
「ホームズ、これはなかなか恐ろしい数字だよ」
シャーロック・ホームズ
「君の顔を見る限り、医学上の検査結果ではなさそうだね。何の数字だい?」
ワトソン
「技術士第二次試験だ。令和7年度は受験者24,135人に対して、最終合格者が2,752人。計算すると、技術士の合格率は約11.4%だ」

ホームズ
「なるほど。それで君は、『10人受ければ9人近く落ちる、とんでもなく難しい試験だ』と考えたわけだね」
ワトソン
「違うのか?」
ホームズは椅子から立ち上がると、暖炉の前をゆっくり歩いた。
ホームズ
「数字そのものは正しい。しかし、君の推理はまだ始まってすらいないよ、ワトソン君。
合格率は結果だ。
結果だけを見て原因を決めつけるのは、死体を見て死因を推測するだけで解剖をしない医師と同じだ」
ワトソンは少し不満そうな顔をした。
ワトソン
「では聞こう。なぜ技術士の合格率は、これほど低いんだ?」
ホームズ
「実に面白い事件だ。それを解明するには、まず受験者がどんな人たちなのかを見る必要がある」
第1章 受験者は「初心者」ではない
ホームズ
「技術士第二次試験の奇妙なところは、受験者の多くが技術の初心者ではないことだ。
機械、建設、電気電子、情報工学、上下水道、農業、森林、水産……。それぞれの分野で実務を経験してきた技術者たちが受験している。
にもかかわらず、技術士の合格率は11%台だった。これこそ、最初に注目すべき痕跡だ」
ワトソン
「確かに不思議だな。大学入試なら、まだ十分な知識を持っていない学生が受験する。しかし技術士試験では、仕事をしてきた技術者が受験する」
ホームズ
「そうだ。だから、『合格率が低いのは、専門知識が難しすぎるからだ』と単純に考えるのは危険なのだよ」技術士第二次試験では、専門知識だけが問われるわけではない。問題文から条件を読み取り、課題を抽出する。複数の解決策を考える。その効果やリスクを評価する。さらに、限られた時間と文字数の中で、第三者に伝わる論文としてまとめなければならない。
ホームズ
「つまりこの試験は、『何を知っているか』だけではなく、『知っていることを、状況に合わせてどう使うか』を問う試験なのだ」
第2章 「知識がある」と「答案が書ける」は別の能力である
ワトソン
「しかし、専門知識が豊富なら有利なのは間違いないだろう?」
ホームズ
「もちろんだ。だが必要条件と十分条件を混同してはいけない」
ホームズは紙に二つの言葉を書いた。
知っている
使える
ホームズ
「例えば、ある建設技術者がインフラ老朽化について非常に詳しいとしよう。予防保全も知っている。
アセットマネジメントも知っている。点検技術も知っている。BIM/CIMも知っている。
しかし問題文が、
『限られた人員と予算の中で持続可能な維持管理を実現するための課題を三つ挙げよ』と聞いているのに、知っている技術を片っ端から書いたらどうなる?」
ワトソン
「知識は多いが、質問には答えていない」
ホームズ
「その通り。
技術士試験では、知識そのものより先に、『何を問われているのか』を正確に認識する必要がある」
技術士試験でよく起こる失敗がある。
問題文を読んだ瞬間、「このテーマなら知っている」と思い、自分が準備してきた答案を書き始めてしまうことである。だが、テーマが同じでも設問要求は違う。
「課題」を聞かれているのか。「解決策」を聞かれているのか。「リスク」を聞かれているのか。「関係者との調整」を聞かれているのか。
ここを外せば、知識が正しくても評価されにくい。
ホームズ
「事件現場を見ずに、自分の得意な犯罪理論だけで犯人を決める探偵と同じだよ」
第3章 技術士試験では「問題」と「課題」を分けなければならない
ワトソン
「答案を見ていると、確かに『課題』と書きながら、問題点を並べているものも多いな」
ホームズ
「そこも重要な痕跡だ」例えば、「技術者不足が課題である」「施設の老朽化が課題である」「予算不足が課題である」
と書く。
だが、これらの多くは現状の問題であり、そのままでは解決行動になっていない。
技術士試験で求められる課題は、少なくとも答案上では、
何を実現する必要があるのか
まで具体化した方が論理を組み立てやすい。
例えば、
「限られた技術者で点検を継続できる維持管理体制を構築する」
「劣化度と重要度に基づき更新優先順位を設定する」
とすれば、その後に解決策をつなげられる。
ホームズ
「問題は観察された現象だ。
課題は、その現象に対して技術者が取り組むべき対象だ。
ここを混同すると、その後の解決策まで崩れる」
ホームズの推理も同じである。
事実を観察する。仮説を立てる。検証する。そして、事実と推測を混ぜない。
『シャーロック・ホームズの思考術』でも、観察、仮説、検証を繰り返しながら思考を組み立てる重要性が扱われている。
技術士試験の論文にも、よく似た構造がある。
第4章 最大の敵は「知識不足」ではなく「論理の飛躍」である
ワトソン
「つまり、知識を増やせば増やすほど合格する、という単純な試験ではないわけだ」
ホームズ
「そうだ。
私はむしろ、知識の多い技術者ほど注意した方がよい場合があると思う」
ワトソン
「なぜだ?」
ホームズ
「知っているからこそ、説明を省略するからだよ」専門家には、専門家ゆえの弱点がある。
自分には当然分かっているため、途中の論理を飛ばしてしまう。
例えば、「AIを導入して生産性を向上させる」と書く。
しかし、何の作業にAIを使うのか。どの工程が短縮されるのか。なぜ生産性が向上するのか。導入によって何が変化するのか。これが書かれていなければ、読み手には論理がつながらない。
ホームズ
「推理小説で言えば、『犯人はモリアーティだ。なぜなら彼が怪しいからだ』
と書いて終わるようなものだ」
ワトソン
「それでは推理にならないな」
ホームズ
「答案も同じだよ」
第5章 社会人試験であることが難易度を上げる
ここでワトソンが、別の資料を取り上げた。
ワトソン
「しかし、試験そのもの以外にも理由がありそうだ。技術士試験を受ける人の多くは働いている。仕事をしながら勉強するのは簡単ではない」
ホームズ
「そこは見逃してはいけないね」技術士試験では、学生の受験勉強とは条件が違う。
平日は仕事がある。残業もある。出張もある。家庭もある。管理職なら部下への対応もある。突発業務も発生する。
その中で学習時間を確保し続けなければならない。しかも、技術士試験は短期間の暗記だけで対応しにくい。
論文作成能力を身につけるには、繰り返し書き、修正する必要がある。
ホームズ
「一日だけ10時間勉強するより、毎日少しずつでも思考を続ける方がよい。
脳は一度理解したからといって、必要なときに同じ性能を発揮してくれるとは限らないからね」
ホームズの思考法でも、注意や観察、思考の習慣化が重視される。
技術士試験でも同じである。
合格に必要なのは、一度良い答案を書くことではない。
本番で再現することである。
第6章 「良い答案を書けた」と「合格できる」は違う
ワトソン
「模擬試験で一度良い答案を書けたなら、十分ではないのか?」
ホームズは首を振った。
ホームズ
「事件を一件解決した探偵が、どんな事件でも解けるとは限らないだろう?」
技術士試験で必要なのは再現性である。
初めて見る問題を読む。設問要求を分析する。論点を整理する。骨子を作る。文章にする。時間内に書き終える。これを本番で行わなければならない。
したがって、合格答案を一度作れる能力と、試験本番で合格答案を再現できる能力は同じではない。
ホームズ
「技術士の合格率が低い理由の一つは、ここにある。知識を持つ人は多い。良い意見を持つ人も多い。しかし、それを試験条件の中で安定して答案に変換できる人は、それほど多くない」
第7章 合格率11%台をどう考えるべきか
ワトソン
「では、合格率11.4%という数字を見て、受験を諦める必要はないということか?」
ホームズ
「逆だよ。数字を正しく読めば、対策すべき場所が見える」
合格率が低いという事実は変わらない。
簡単な試験でもない。
しかし、「天才しか受からない」という意味ではない。
必要なのは、試験が評価する能力を理解し、その能力を意識的に訓練することである。
専門知識を増やす。しかし、それだけにしない。問題文を読む。設問を分解する。観点と課題を区別する。
課題と解決策をつなげる。解決策から生じるリスクを考える。文章を短く、明確に書く。これらを繰り返す。
ホームズ
「合格率は、君を脅すための数字ではない。試験の性質を考えるための証拠だ」
エピローグ:犯人は「難しい専門知識」ではなかった
ワトソンは、最初に見ていた11.4%という数字をもう一度眺めた。
ワトソン
「分かってきたよ。技術士の合格率が低いのは、単に専門知識が難しいからではない。知識、問題分析、論理構成、文章表現、時間管理。それらを同時に使わなければならないからなんだな」
ホームズ
「その通り。そして、もう一つ重要なことがある」
ワトソン
「何だい?」
ホームズ
「原因が分かれば、対策できるということだよ」
ホームズは椅子に座り、指先を合わせた。
ホームズ
「次は『技術士 試験対策』の話をしよう。過去問を何年分解けばよいか。専門知識をどこまで覚えるべきか。論文はいつから書けばよいか。そういう個別論の前に、もっと重要なことがある。試験対策には、正しい順序があるのだ」
ワトソン
「いよいよ事件解決編だな」
ホームズ
「いや、ワトソン君。ここまでが現場検証だよ。推理は、これからだ」
(後編へ続く)

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。







