―カーボンニュートラル・少子高齢化・地方創生2.0から読み解く
プロローグ:これは本当に「エンジニア」の試験なのか?
~坂戸市、ベイカー街221B。ワトソンは三冊の問題冊子を机に並べていた~
ワトソン博士
「ホームズ、今度こそ妙なものを見つけたよ」
シャーロック・ホームズ
「前回の1000キーワードより奇妙なものかい?」
ワトソン
「技術士 総合技術監理の記述式問題だ。
令和6年度はカーボンニュートラル。
令和7年度は少子高齢化。
そして令和8年度は地方創生2.0。
私は技術士試験を見ているはずなのに、環境白書や人口問題、政府の政策資料を読んでいるような気分になる」
ホームズは問題冊子を手に取った。
ホームズ
「良いところに気付いたね。
では比較してみよう。
令和8年度の機械部門では何が出た?」
ワトソン
「機械類のヒューマンエラーと、転職による人材流動化だ」
ホームズ
「建設部門は?」
ワトソン
「インフラの価値向上とグリーンインフラ」
ホームズ
「そして総監は地方創生2.0。
さて、この違いは偶然だと思うかね?」
ワトソンは問題用紙を見比べた。
ワトソン
「どうやら、そうではなさそうだ」
ホームズ
「その通り。
今回は、技術士 総監の筆記試験が何を見ているのかを解剖しよう。
ここが分からなければ、一般部門と同じ書き方をして失敗することになる」
第1章 一般部門は「専門技術者としてどう解くか」を問う
まず、一般部門から確認しよう。
令和8年度の機械部門Ⅰ-1では、機械類の使用時におけるヒューマンエラー防止がテーマとなった。
しかし単なる「人間のミス」の話ではない。
問題文では、機械部門における技術者としての立場から技術課題を抽出することが求められている。
したがって、
本質的安全設計。
安全防護。
インターロック。
誤操作防止。
フェイルセーフ。
など、機械技術へ落とし込む必要がある。
Ⅰ-2の「転職による人材流動化」も同じである。
一見すると人事問題だが、解答者は「機械の設計・製造分野におけるエンジニア」として考える。
したがって、
設計ノウハウの属人化。
技能伝承。
製造条件の標準化。
品質保証。
技術情報の管理。
といった機械の設計・製造上の課題へ変換していく。
建設部門も同様である。
令和8年度Ⅰ-1では新技術・DXによるインフラの価値向上、Ⅰ-2ではグリーンインフラが問われた。
社会政策を背景にしていても、最後は建設技術者として技術課題を設定し、解決策を示す。
ホームズ
「つまり一般部門では、
社会の問題を見つける。
それを自分の専門部門へ引き寄せる。
そして専門技術で解く。
この流れが基本なのだ」
ワトソン
「社会問題が入口でも、最後は専門技術に戻ってくるわけだな」
ホームズ
「その通り。
では総監を見てみよう」
第2章 総監では「専門技術に戻れば終わり」ではない
令和6年度の技術士 総監の記述式問題では、カーボンニュートラルが大きなテーマとなった。
問題文には、
2050年カーボンニュートラル。
2030年度の温室効果ガス削減目標。
ゼロカーボンシティ。
ESG投資。
サプライチェーン排出量。
グリーン・ファイナンス。
など、国際社会や政府政策、企業経営にまたがる内容が登場する。
ワトソン
「環境部門なら分かるが、総監受験者は機械出身でも建設出身でも同じ問題を解くんだろう?」
ホームズ
「そこが決定的な違いだよ」
機械技術者だから、省エネ機械だけを書けばよいわけではない。
建設技術者だから、ZEBや再生可能エネルギー施設だけを書けばよいわけでもない。
自分の事業や組織を題材にしながら、
経済性。
人的資源。
情報。
安全。
社会環境。
を横断して考える。
さらに、事業や組織の枠を超えた視点まで要求される。
ホームズ
「総監では、専門技術は重要な材料だ。
しかし、専門技術だけに逃げ込むことは許されない。
専門技術を含む『業務全体』を見るのだ」
第3章 令和7年度「少子高齢化」が示した総監の正体
令和7年度のテーマはさらに特徴的である。
少子高齢化。
出生数。
高齢化率。
生産年齢人口。
働き方改革。
社会保障。
こうした人口・労働・社会制度に関係する問題が背景となっている。
ワトソン
「ますます工学から離れていくな」
ホームズ
「本当に離れているのかね?」
少子高齢化が進めば、技術業務にも直接影響する。
技術者が不足する。
熟練者が退職する。
技能継承が難しくなる。
人件費が上昇する。
設備の自動化が必要になる。
遠隔監視が必要になる。
生産性向上が求められる。
一方、自動化を進めれば、新たな教育が必要になる。
情報システムへの依存も増える。
サイバーリスクも生じる。
設備投資も増える。
ホームズ
「どうだい。
人口問題だったものが、5管理すべてに波及してきただろう?」
ワトソン
「なるほど。
人的資源管理だけの問題ではないんだ」
ホームズ
「そこが総監だ」
少子高齢化を、
「人手不足だから人材を確保する」
だけで終わらせてはいけない。
人材不足への対策として自動化を進めれば、経済性管理では投資負担が生じる。
情報管理ではシステムへの依存が高まる。
安全管理では自動化特有の新しいリスクが生じる。
社会環境管理では働き方や地域社会への影響も考えられる。
一つの問題を解くと、別の管理上の問題が動く。
これこそ総合技術監理である。
第4章 令和8年度「地方創生2.0」は、さらに視野を広げた
そして令和8年度。
題材は地方創生2.0である。
問題文には地方創生2.0基本構想が示され、
「強い経済」
「豊かな生活環境」
「選ばれる地方」
という政策目標や、多数のアウトプットが提示された。
受験者は、与えられた政策体系を読み、自らの事業や組織と結び付けて考える必要があった。
ワトソン
「これは政府の政策を暗記する試験になったということか?」
ホームズ
「違う。
そこを間違えてはいけない」
問題文には政策の枠組みそのものが示されている。
重要なのは、政策名を暗記していたかではない。
その政策を読み、
自分の事業とどう接続するか
を考えることである。
例えば地方創生なら、
経済性管理では、地域産業、生産性、投資、事業性。
人的資源管理では、担い手、人材育成、人材流出。
情報管理では、DX、データ連携、遠隔サービス。
安全管理では、地域防災、交通、医療、インフラ。
社会環境管理では、地域環境、持続可能性、地域社会。
というように、政策を5管理へ翻訳できる。
ホームズ
「政策の名前を覚えている人を選びたいなら、穴埋め問題にすればいい。
総監で問われているのは、与えられた社会課題を管理技術へ変換する能力なのだ」
第5章 近年の総監筆記には「視点を上げる仕掛け」がある
令和6~8年度の問題を並べると、興味深い共通点が見える。
最初は、自分が関わる事業や組織から考える。
しかし、そこで終わらない。
令和6年度のカーボンニュートラルでは、自らの事業から将来の施策、さらに我が国としての取組へ視野を広げる。
令和7年度の少子高齢化でも、自らの事業への影響や対応から、より広い社会的対応へ進む。
令和8年度の地方創生2.0でも、自組織の取組から地域ステークホルダーとの連携、そして我が国として講じるべき施策まで視野を広げる。
ワトソン
「視点が、
自分の事業 ↓ 地域や社会 ↓ 国
と上がっていくんだな」
ホームズ
「少なくとも近年3年間には、その特徴がはっきり見える」
ここは慎重に考える必要がある。
総合技術監理という制度そのものを、
「国家政策を考える部門」
と定義するのは正しくない。
しかし令和6~8年度を見る限り、事業・組織の内部だけで完結せず、より広い社会的視点まで要求する出題が続いている。
これは技術士 総監の筆記対策で無視できない。
第6章 総監論文の核心は「5管理を書くこと」ではない
ワトソン
「では、どんな問題でも5管理について一つずつ書けばいいんだな。
経済性管理では○○。
人的資源管理では○○。
情報管理では○○。
安全管理では○○。
社会環境管理では○○。
これで総監らしい答案になる」
ホームズは大きく首を振った。
ホームズ
「それは総監受験者が最も陥りやすい罠の一つだ」
5管理を全部書いたから総監になるのではない。
重要なのは、
管理と管理の関係
である。
令和7年度、令和8年度の問題では、異なる総合技術監理分野のトレードオフに留意することが明示的に求められている。
例えば、人手不足を解消するために自動化設備を導入する。
人的資源管理にはプラス。
しかし設備投資が増えるため経済性管理には負担が掛かる。
情報システムへの依存が増えれば情報管理上のリスクが増える。
自動運転設備なら安全管理にも新たなリスクが生じる。
ホームズ
「一つの施策には表と裏がある。
総監は、その両方を見る」
第7章 「トレードオフ」とは、単なるデメリットではない
ワトソン
「解決策のデメリットを書けばトレードオフになるんじゃないのか?」
ホームズ
「必ずしもそうではない」
トレードオフとは、一方を改善しようとすると、別の要求に不利な影響が生じる関係である。
例えば、
工期を短縮する。
これは経済性管理では早期完成というメリットがある。
しかし要員を増やせなければ、人的資源への負荷が高まる。
無理な工程なら安全性も低下する。
そこで総監技術者は、
工期を守るか。
安全を優先するか。
要員を増やすか。
工法を変えるか。
工程を組み替えるか。
を判断する。
ホームズ
「トレードオフを見つけただけでは、まだ仕事の半分だ。
総監に必要なのは、それをどう調整するかだからね」
つまり、
対立する要求を見つける ↓ 重要性を評価する ↓ 優先順位を決める ↓ 別の管理手段を使って負の影響を抑える ↓ 全体として合理的な解へ近づける
という思考が必要になる。
第8章 一般部門と総監の違いは「課題」の見方にも現れる
一般部門では、
専門技術上の課題を明確化し、
その課題を専門技術で解決することが重要である。
一方、総監では一つの技術課題だけを直接解くというより、
業務全体に存在する複数の管理上の問題を俯瞰する
ことが重要になる。
例えば建設事業で人員不足が起きている。
一般部門なら、
「少人数でも維持管理を継続できる体制の構築」
など、具体的な技術課題を設定する。
総監ではさらに、
省人化投資の採算。
既存社員の再教育。
データ管理。
自動化設備の安全性。
地域雇用への影響。
まで見る。
ワトソン
「同じ事業を見ていても、カメラの画角が違うんだ」
ホームズ
「うまい表現だ。
一般部門は専門技術へズームする。
総監は一度引いて、業務全体を見る」
第9章 だから択一で1000キーワードを勉強した
ワトソンは前回使ったキーワード集を手に取った。
ワトソン
「分かってきたぞ。
前回、どうして技術者が財務会計や労働法や情報セキュリティまで勉強するのか不思議だった。
筆記問題を見ると理由が分かる」
ホームズ
「その通りだ」
カーボンニュートラル。
少子高齢化。
地方創生。
こうした問題は、一つの専門技術だけでは扱えない。
経済を見る。
人を見る。
情報を見る。
安全を見る。
環境・社会を見る。
そのため、択一試験で5管理の幅広い「道具」を身につける。
そして記述式では、その道具の中から必要なものを選び、組み合わせる。
ホームズ
「択一と筆記は、別々の試験に見える。
しかし総監という考え方では一本につながっている」
第10章 総監は「何でも知っている人」を選ぶ試験ではない
ワトソン
「それなら、国の政策も、会計も、法律も、安全も、環境も全部詳しくならないといけないのか?」
ホームズ
「また万能人間を目指し始めたね」
必要なのは、すべての分野の専門家になることではない。
重要なのは、
大きな社会課題を読む。
自分の事業に落とす。
5管理から問題を見る。
管理間の関係を見つける。
トレードオフを調整する。
そして全体として合理的な方向を示す。
ことである。
専門家としての「深さ」だけではなく、
異なる専門分野をつないで判断する能力
が必要になる。
エピローグ:総監とは「高い場所から見る技術」である
ワトソンは、機械、建設、総監の三つの問題冊子を並べ直した。
ワトソン
「最初は、総監の問題が技術士試験らしくないと思った。
カーボンニュートラル。
少子高齢化。
地方創生2.0。
まるで社会政策の試験に見えたからだ」
ホームズ
「今はどう思う?」
ワトソン
「逆だ。
技術が社会の中で使われる以上、社会の問題を無視して技術業務を監理することはできない。
だから総監では、専門技術だけでは解けない問題を出すんだ」
ホームズは椅子に深く腰掛けた。
ホームズ
「その理解でいい。
機械技術者なら、機械を見る。
建設技術者なら、社会資本を見る。
だが総合技術監理技術者は、それらを含んだ事業全体を見る」
ワトソン
「そして5管理のレンズで見る」
ホームズ
「さらに、レンズ同士が示す答えが衝突したら、そのトレードオフを調整する」
ワトソン
「つまり総監は、一般部門の上位版ではない。
見ている景色そのものが違う」
ホームズはわずかに笑った。
ホームズ
「ようやく核心にたどり着いたね。
だが、試験では理解しただけでは点にならない。
次の問題は、
『では、これを答案用紙にどう書くか』
だ」
ワトソンは嫌な予感がしたように顔をしかめた。
ワトソン
「5管理を並べるだけでは駄目なんだったな」
ホームズ
「その通り。
次回はいよいよ最後の事件だ。
問題文から5管理をどう抽出するか。
トレードオフをどこで見つけるか。
どう調整し、全体最適へ持っていくか。
技術士 総監の論文を、実際に組み立ててみよう」
(第4回へ続く)

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
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・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。





