目次
~「一文」の長さと曖昧さが、あなたのコンピテンシーを破壊する~
プロローグ:文部科学省からの「無言のメッセージ」
~坂戸市、ベイカー街221B。ワトソンの机には、赤ペンで真っ赤に染まった答案用紙が散乱している~
ワトソン博士
「ああ、もう嫌になるよホームズ! 今回の受講生たちの答案も、専門知識は豊富なのに、読んでいてひどく疲れるんだ。
内容は間違っていないはずなのに、頭に入ってこない。彼らは『たくさん知っていること』をアピールしようと必死なんだが……」
シャーロック・ホームズ
(手元の資料『公用文作成の考え方・令和4年1月建議』をパラパラと捲りながら)
「ワトソン君、君が疲れるのも無理はない。彼らの文章は、読み手に対する『思いやり(ユーザー視点)』が完全に欠如しているからだ。
いいかい、技術士試験の所管は文部科学省だ。そして、君の目の前にあるこの資料も文部科学省が作っている。これは偶然ではない。
試験委員たちは、日頃からこの『公用文のルール』に則った、簡潔で論理的な文書を読み書きしている。彼らにとって、このルールから外れた冗長な文章は『ノイズ』でしかない。
コンピテンシー(資質能力)とは、単なる知識量ではない。『複雑な事象を整理し、他者に正確に伝える能力(コミュニケーション)』も含まれる。悪文を書くということは、自ら『私にはコンピテンシーがありません』と宣言しているに等しいのだよ」
ワトソン
「なるほど……。では、具体的に彼らのどこが『悪文』なのか、この資料をベースに徹底的に解剖してくれないか」
第1章:試験委員を窒息させる「長文」と「遅すぎる結論」
ホームズ
「まず、最も多く、最も罪深い悪文から始めよう。君の集めた『悪い書き方の参考例』の1番を見てみたまえ」
【悪文1:息切れする長文】
老朽化した下水道施設については、人口減少に伴う使用料収入の減少や維持管理人材の不足、さらに近年激甚化している豪雨災害への対応の必要性なども踏まえつつ、将来にわたって持続可能な事業運営を実現するため、点検、更新、耐水化、広域化を含めた総合的な対策を計画的に推進していくことが重要である。
ワトソン
「うむ。情報が網羅されていて、いかにも『勉強してきました』という感じがするが?」
ホームズ
「これを1日に何十枚も読まされる試験委員の身になってみたまえ。酸欠で倒れるよ。
公用文の鉄則は『一文を短くする』『一文の論点は、一つにする(一文一意)』だ。この悪文は、課題(老朽化)、背景(人口減少、収入減、人材不足、豪雨)、目的(持続可能)、対策(点検、更新、耐水化、広域化)を、句点(。)を打たずに一つの文に詰め込んでいる。
これを、論点ごとに切り分けるのだ」
【改善例1:一文一意による解体】
老朽化した下水道施設では、計画的な更新が課題である。
理由は、使用料収入の減少により投資余力が低下しているためである。
加えて、維持管理人材が不足しており、点検や更新の実施体制も弱くなっている。
そのため、点検の高度化、優先順位を踏まえた更新、耐水化対策を一体的に進める必要がある。
ワトソン
「おお! 全く同じ情報量なのに、劇的に読みやすい! 『課題』『理由1』『理由2』『対策』と、ブロックごとに頭に入ってくるぞ」
ホームズ
「そうだ。そしてもう一つ、悪文2の『結論が最後まで出てこない文章』も同罪だ。
『~が頻発しており、~が増加し、~という状況を踏まえ……進めることが望ましい』という展開だね。
公用文では『結論は早めに示す』と明記されている。試験委員は『で、結局何が言いたいの?』とイライラしながら探しているのだ。
改善例のように、『〇〇の推進が課題である。理由は~』と、冒頭で結論(ポイント)を叩きつける。これがプロの書き方だ」
第2章:逃げの「便利語」と「専門用語」の羅列
ワトソン
「なるほど。短く、結論から書く。
では、悪文2の『関係者と十分に連携し、適切に検討し、必要な対策を着実に推進する』というのはどうだ? これなら短くて結論も早いが」
ホームズ
「(冷ややかな目で)……ワトソン君、それは文章ではない。ただの『お経』だ。
『十分に』『適切に』『必要な』『着実に』。これらは中身のなさを隠すための『逃げの便利語』だ。
公用文の考え方でも『曖昧さを避ける』ことが強く求められている。技術士に求められるのは『どう適切なのか』という『具体(プロセス)』だ」
【改善例2:便利語の排除と具体化】
対策は次の3点で進める。
第1に、道路管理者、警察、沿道住民と事前協議を行い、施工時間帯と交通規制方法を決定する。
第2に、騒音・振動の予測結果を基に、低騒音機械の採用と防音対策を実施する。
第3に、施工中は計測結果を毎日確認し、基準超過時は直ちに施工条件を見直す。
ワトソン
「なるほど! 『適切に』という言葉を、『誰と何を協議し、何を基にどう判断するか』という具体的な行動(マネジメント)に翻訳したわけだ。これなら『専門的学識』と『問題解決』のコンピテンシーが伝わる!」
ホームズ
「その通り。同じ理由で、悪文5のように『BIM/CIM、DX、AI、IoTを活用して~』と専門用語(バズワード)を並べ立てるのも愚の骨頂だ。
カタログスペックを並べるのは営業の仕事だ。技術士ならば、『BIM/CIMにより、設計情報と維持管理情報を三次元モデルで一元化できる。その結果、更新時期の判断が容易になる』と、『その技術が、どの痛みをどう取り除くのか』というメカニズムまで記述しなければならない」
第3章:「ねじれ」と「ブレ」が信頼を失墜させる
ホームズ
「次に、文章の『骨格』に関する問題だ。悪文3と4を見てみよう。
『~を進めるためには、~が重要であり、~が必要であることから、早期の対応が求められる』(悪文3)
『災害時に避難所となる地域防災計画において重要と位置付けられている学校施設の耐震改修を進める』(悪文4)
これらの文章の共通する欠陥は何かね?」
ワトソン
「うーん……一読して、意味がスッと入ってこない。誰が何をするのか、どこがどこに掛かっているのかが分からないな」
ホームズ
「そうだ。これを『主述のねじれ』と『修飾語の迷子』と呼ぶ。
主語と述語の距離が遠すぎると、論理が崩壊する。公用文の原則である『主語と述語の関係が分かるようにする』『修飾節が複数ある場合は文を分ける』を徹底するのだ」
【改善例4:修飾語の整理】
学校施設は、災害時に避難所として利用される。
また、地域防災計画でも重要施設に位置付けられている。
そのため、学校施設の耐震改修を優先して進める必要がある。
ホームズ
「さらに、悪文7の『~等を行う』という逃げ表現や、悪文8の『~です。~である』という文体の混在。これらもすべて、技術者としての『緻密さ(倫理観・責任感)』を疑われる致命的なアラだ。
『等』でごまかさず、代表例を明記する。文体は『である』調(常体)に統一する。
二重否定(~ないとは言えない)などの持って回った言い方も、自信のなさの表れだ。『~である。ただし~の条件がある』と、断定と留保を分けて書くのが鉄則だよ」
第4章:【実践編】課題抽出でやってはいけない5つの罠
「前半の基本ルールは骨の髄まで理解したよ。
では、これを実際の試験の4大場面(課題、解決策、リスク、効果)に当てはめてみよう。まずは『Ⅰ 課題抽出』の悪文5連発だ」
ホームズ
「課題抽出で受験生が最も陥りやすい罠は、『問題を並べただけで、技術的な課題を設定できていない』ことだ。
悪文1『人口減少や老朽化など多くの問題があるため、総合的に対応することが課題である』。
悪文2『必要な対策を進めることが課題である』。
悪文4『地域特性を踏まえて防災対策を検討することが課題である』。
……これらはすべて、『何も言っていないのと同じ』だ」
ワトソン
「厳しいな! でも、現場では本当に『いろんな問題』が絡み合っているんだよ」
ホームズ
「だからこそ、技術士のコンピテンシー(コミュニケーション能力)が問われるのだ。
『いろいろあって大変です』と言うのは素人だ。プロは、その絡み合った問題の中から『最優先で打ち破るべき制約条件』を特定し、それを課題として言語化する」
【課題抽出の改善例(抜粋)】
・老朽化施設の更新優先順位を明確化することが課題である。理由は、財政制約の下で全施設を同時更新できないためである。
・内水氾濫を軽減する雨水排水能力の強化が課題である。理由は、近年の豪雨に対し既存排水施設の能力が不足しているためである。
・点検結果をデジタル化し、施設台帳と連携させる仕組みの構築が課題である。理由は、紙管理では劣化傾向の把握と情報共有に限界があるためである。
ホームズ
「どうだい? 改善例はすべて、『〇〇することが課題である。理由は△△(制約・限界)だからである』という強固な論理フォーマットに乗っている。
抽象的な『効率化』や『高度化』(悪文3)といったフワッとした言葉を捨て、『台帳と連携させる仕組みの構築』『雨水排水能力の強化』と、工学的なターゲットを絞り込んでいる。
これが、試験委員に『この受験者は本質を見抜く目を持っている』と確信させる課題抽出の極意なのだよ」
ワトソン
「おお……! 漠然とした不安(問題)が、見事な技術的ミッション(課題)に変換された!
これはすごいぞ、ホームズ。続く『解決策』『リスク』『効果』の場面でも、この魔法のフォーマットがあるんだな?」
ホームズ
「もちろんだ。後編では、試験の合否を決定づける『解決策・リスク・効果』の記述法と、試験委員の脳を直接ハックする『最強の黄金テンプレート』を伝授しようじゃないか






