―技術士 機械部門で問われる本当のエンジニアリング能力
プロローグ:機械技術者なら、公式を覚えればいい?
坂戸市~ベイカー街221B。前編から数日後。ワトソンは別の問題用紙を持って現れた~
ワトソン博士
「今度は機械部門だ、ホームズ。
これは建設部門より分かりやすそうだ」
シャーロック・ホームズ
「ほう。なぜだい?」
ワトソン
「機械工学なら、材料力学、熱力学、流体力学、機械力学だろう。
公式を覚えて計算できれば、それなりに戦えるんじゃないか?」
ホームズは笑った。
ホームズ
「それは大学の試験なら有効かもしれない。
だが、君の手元にある令和8年度の必須問題を読んでみたまえ」
ワトソンは問題用紙を開いた。
Ⅰ-1。
機械類の使用におけるヒューマンエラーの発生防止。
Ⅰ-2。
転職による人材流動化への対応。
ワトソンは黙った。
ホームズ
「さて、どの公式を使う?」
第1章 技術士 機械部門は何を試しているのか
令和7年度の技術士第二次試験では、機械部門の受験申込者は1,041人、受験者884人、合格者143人で、対受験者合格率は16.2%だった。
選択科目は、
機械設計。
材料強度・信頼性。
機構ダイナミクス・制御。
熱・動力エネルギー機器。
流体機器。
加工・生産システム・産業機械。
に分かれている。
ワトソン
「なるほど。こちらも十分に専門的じゃないか」
ホームズ
「選択科目はね。
しかし必須問題は、機械部門全体の技術者として考える問題だ」
技術士 機械部門では、特定の公式や一つの製品知識だけでは対応できない。
機械を、
設計する。
製造する。
使用する。
保全する。
そして人間や組織との関係まで考える。
令和8年度問題は、その特徴をよく表している。
第2章 ヒューマンエラーは「人の問題」ではない
令和8年度機械部門Ⅰ-1では、機械分野の技術革新が利便性・快適性・安全性の向上に寄与する一方、重大事故が繰り返され、事故原因としてヒューマンエラーが指摘されることが示されている。
問題文ではJIS B 9700:2013にも触れ、本質的安全設計方策、安全防護及び付加保護方策、使用上の情報という考え方を示したうえで、ヒューマンエラー防止に関する3つの技術課題を求めている。
ワトソン
「ヒューマンエラーなら、作業員の教育を強化すればいいんじゃないか?」
ホームズ
「それだけなら、機械技術者でなくても書ける」
ここが機械部門の重要なところである。
人が間違える。
だから人に注意させる。
それだけでは、技術的解決として弱い。
機械技術者なら、
人が間違えても危険状態になりにくい設計。
誤操作を防ぐインターロック。
危険区域への接近を防ぐガード。
異常を検知して安全側に移行する制御。
誤認しにくい表示や操作系。
など、機械側で何ができるかを考える必要がある。
ホームズ
「人間が間違えないことを前提にした機械と、人間は間違えることを前提にした機械。
どちらが技術者らしいと思う?」
第3章 安全にはトレードオフがある
ワトソン
「だったら、安全装置をできるだけ増やせばいい」
ホームズ
「また極端な結論だね」
機械設計には常に相反する要求がある。
安全性を高める。
しかし操作性も必要である。
防護を増やす。
しかし保守性が下がる場合がある。
冗長化する。
しかしコストや重量が増える。
安全側に停止する。
しかし生産設備なら稼働率が低下する。
軽量化する。
しかし強度・剛性との調整が必要になる。
高性能化する。
しかし発熱や寿命に影響する場合がある。
ホームズ
「技術者の仕事は、一つの性能を最大にすることではない。
複数の要求を調整し、合理的な解を選ぶことだ」
ここに、技術士 機械部門の核心がある。
正解が一つに決まった計算問題とは違う。
条件を整理し、
要求を比較し、
トレードオフを認識し、
技術的根拠から一つの方向を選択する。
それが答案に現れなければならない。
第4章 「転職」がなぜ機械部門の問題になるのか
令和8年度Ⅰ-2は、さらに興味深い。
テーマは、社会情勢の変化に伴う雇用形態の変化と、転職による人材流動化である。
一見すると、人事や経営の問題に見える。
しかし問題文は、
「あなたが機械の設計・製造分野におけるエンジニアの立場であると仮定し」
と明確に条件を付けている。
ワトソン
「人が辞めるなら、給与を上げたり採用を増やしたりすればいいのでは?」
ホームズ
「それでは人事部の答案だ。
機械技術者なら、転職によって機械の設計・製造に何が起こるかを見る」
例えば、
設計ノウハウが個人に依存している。
熟練者の加工技能が形式知化されていない。
過去の不具合情報が担当者の経験にしか残っていない。
設計変更の判断根拠が共有されていない。
製造条件の調整が特定の技能者に依存している。
こうした状態で人材が流動化すれば、品質や生産性、技術継承に影響する。
したがって技術的課題としては、
設計知識の標準化。
製造条件のデータ化。
不具合情報の体系化。
技能の形式知化。
設計・製造データの一元管理。
などが考えられる。
ホームズ
「社会現象をそのまま論じるのではない。
機械システムに与える影響まで落とし込む。
それが設問の条件を読むということだ」
第5章 「DX」「AI」を書けば機械部門らしくなるわけではない
ワトソン
「では、設計情報をAIやデジタルツインで管理すればよいな」
ホームズ
「君は新しい言葉を見つけるとすぐ使いたがる」
機械部門でも、DX、AI、IoT、CAE、デジタルツイン、予知保全などは有力な技術である。
しかし、
「AIを活用する」
だけでは解決策にならない。
例えば技能継承なら、
加工条件と品質結果を収集する。
熟練者の調整履歴を記録する。
品質との相関を分析する。
標準条件と許容範囲を設定する。
逸脱時には再調整する。
こうしたプロセスまで書けば、技術が課題解決にどう寄与するかが分かる。
予知保全でも同じである。
振動を測定する。
温度を監視する。
傾向管理する。
異常兆候を検出する。
故障前に保全時期を判断する。
ホームズ
「技術名は名詞だ。
答案で必要なのは動詞だよ。
何を測り、何を判断し、何を変えるのか。
そこまで書いて初めて技術になる」
第6章 機械部門のリスクは「解決策の裏側」にある
令和8年度機械部門の設問(3)は、Ⅰ-1、Ⅰ-2とも、
「前問(2)で示したすべての解決策を実行しても新たに生じうるリスクとそれへの対策」
を求めている。
ワトソン
「安全装置を増やした後にもリスクがあるのか?」
ホームズ
「解決策には、ほとんど必ず副作用がある」
例えば自動化を進めれば、
人が設備状態を理解する機会が減る。
異常時に手動対応できる技能が低下する。
センサ故障で誤停止する。
ソフトウェア不具合が新たな故障要因になる。
設計情報をデジタル化すれば、
サイバー攻撃。
情報漏えい。
誤データの共有。
古い情報の利用。
などが問題になる可能性がある。
重要なのは、
「新技術だから危険だ」
と漠然と書くことではない。
どの解決策の、どの仕組みによって、どんな負の事象が発生するのか。
そこまで具体化する。
そして、
冗長化。
フェイルセーフ。
アクセス制御。
人による最終確認。
教育・訓練。
定期的な妥当性確認。
など、原因に対応した対策を示す。
第7章 倫理まで機械安全につながっている
令和8年度機械部門Ⅰ-1の設問(4)は特徴的である。
一般的な「技術者倫理」「社会の持続可能性」ではなく、
「公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮する立場」
から留意点を述べることを求めている。
ワトソン
「問題全体が安全でつながっているんだな」
ホームズ
「そうだ。
これは単なる最後の付け足しではない」
ヒューマンエラーを防ぐ。
安全設計を行う。
解決策の新たなリスクを考える。
最後に、公衆の安全、健康、福利を優先する。
問題全体が一つの論理で構成されている。
技術者倫理は、答案の最後に
「安全を最優先とする」
と書けば終わるものではない。
設計段階から安全を考える。
想定外の使用を検討する。
残留リスクを知らせる。
経済性だけを優先しない。
必要なら稼働率より安全側を選ぶ。
こうした技術判断そのものに倫理が現れる。
第8章 機械部門の合格率16.2%をどう読むか
ワトソン
「ところで令和7年度の機械部門の合格率は16.2%だった。
全体の11.4%より高い。
なら機械部門は比較的簡単なのか?」
ホームズ
「それも数字から飛びすぎた推理だ」
令和7年度の数値だけで、部門そのものの難易度を決めることはできない。
機械部門では選択科目ごとの合格率にも差がある。
令和7年度では、機械設計17.6%、材料強度・信頼性19.2%、機構ダイナミクス・制御17.7%、熱・動力エネルギー機器10.3%、流体機器13.3%、加工・生産システム・産業機械13.3%だった。
受験者数も異なる。
問題の難易度も年度によって変わる。
したがって、
16.2%だから簡単
とは言えない。
ホームズ
「合格率は試験結果を示している。
しかし、それだけでは試験の難しさの原因までは説明してくれない」
第9章 機械部門で必要なのは「機械システムを通して問題を見る力」
ワトソン
「つまり、技術士の機械部門では、何を覚えるかより、どう考えるかが重要になるんだな」
ホームズ
「より正確には、両方必要だ」
専門知識がなければ技術的解決策は書けない。
しかし、専門知識だけでも足りない。
社会の変化を見る。
人間の行動を見る。
機械システムへの影響を考える。
問題を技術課題へ変換する。
複数の解決策を比較する。
相反する要求を調整する。
実施後のリスクを評価する。
安全や倫理まで考える。
ここまでできて、技術士の答案になる。
エピローグ:公式の向こう側にあるもの
ワトソンは、最初に持ってきた機械工学の参考書を閉じた。
ワトソン
「私は機械部門だから、公式や専門知識の勝負だと思っていた」
ホームズ
「それらは重要だよ。
材料力学も熱力学も流体力学も、機械技術者の基礎だ」
ワトソン
「でも技術士試験では、それを使って現実の問題を解かなければならない」
ホームズ
「その通り」
ホームズは令和8年度Ⅰ-2の問題を指した。
ホームズ
「考えてみたまえ。
『転職』という言葉から、設計知識の属人化や技能継承の問題を見つける。
それを標準化、データ化、品質管理という技術的課題へ変換する。
これに微分方程式は必要ない」
ワトソン
「しかし、エンジニアリングは必要だ」
ホームズは満足そうにうなずいた。
ホームズ
「ようやく事件解決だ。
技術士 機械部門は、計算ができるかだけを確かめる試験ではない。
機械というシステムを通じて、現実の問題を合理的に解ける技術者かどうかを見る試験なのだよ」
【確認できた事実】
令和7年度技術士第二次試験の機械部門は、受験申込者1,041人、受験者884人、合格者143人、対受験者合格率16.2%である。
令和8年度機械部門必須科目Ⅰ-1は機械類使用時のヒューマンエラー防止、Ⅰ-2は転職による人材流動化への対応をテーマとしている。Ⅰ-1ではJIS B 9700:2013を背景に機械安全を問い、Ⅰ-2では機械の設計・製造分野におけるエンジニアの立場を明示している。
【推測】
令和7年度の機械部門の合格率16.2%が全体平均より高い理由は、この統計と令和8年度問題だけでは確認できない。したがって、本記事では合格率から部門の難易度を断定していない。
【情報源】
公益社団法人日本技術士会「技術士第二次試験 統計情報」
https://www.engineer.or.jp/c_topics/010/010868.html
公益社団法人日本技術士会「令和7年度技術士第二次試験統計」
https://www.engineer.or.jp/c_topics/010/attached/attach_10868_2.pdf
令和8年度技術士第二次試験問題[機械部門]必須科目Ⅰ

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。






