副題:主語と述語を明確にし、採点者に誤解させない文章技術
プロローグ:知識があるのに伝わらない答案
坂戸市ベイカー街221B
机の上には、技術士二次試験の答案用紙が数枚並んでいる。
赤ペンの入った答案を前に、ワトソン博士は首をかしげていた。
ワトソン博士
「ホームズ、この答案を書いた受験生は、かなり勉強していると思う。
専門用語も多い。
施策名も知っている。
実務経験もありそうだ。
しかし、読んでいてどうも頭に入ってこない」
シャーロック・ホームズ
「ワトソン君、それはよくある答案だ。
知識はある。
だが、文章として伝わらない。
技術士二次試験では、この状態が非常に危険なのだよ」
ワトソン
「内容が合っていれば、多少読みにくくても評価されるのではないか?」
ホームズ
「甘い。
試験委員は、受験生の頭の中を採点するのではない。
答案用紙に書かれた文章を採点する。
つまり、伝わらない知識は、採点上は存在しないのと同じ扱いになる」
ワトソン
「厳しいな」
ホームズ
「厳しいが、当然だ。
技術士は、技術的判断を他者に説明する立場にある。
技術士法第1条は、技術士制度の目的を、技術士等の資格を定め、その業務の適正を図り、科学技術の向上と国民経済の発展に資することとしている。e-Gov 法令検索
その役割を担う者が、読み手に伝わらない文章を書いてよいはずがない」
ワトソン
「つまり、答案の書き方は単なる文章テクニックではない。
技術者としての説明責任に関わるわけだな」
ホームズ
「その通りだ。
今日のテーマは、技術士二次試験の答案の書き方だ。
難しい言葉を使うことではない。
正確に、分かりやすく、設問に答える文章を書くことだ」
第1章:答案の第一条件は「正確に伝わること」である
ワトソン
「技術士二次試験の答案では、やはり専門性が大切だろう。
専門用語を使わなければ、技術者らしさが出ない」
ホームズ
「専門用語は必要だ。
だが、専門用語を使えば専門性が出るわけではない。
むしろ、専門用語を並べただけの答案は危険だ」
ワトソン
「なぜだ?」
ホームズ
「専門用語が、論理の代わりになってしまうからだ。
例えば、次のような文章を見てみたまえ」
老朽化施設に対しては、DX、BIM/CIM、AI、IoT、予防保全、アセットマネジメントを活用し、効率的かつ効果的に維持管理を推進する。
ワトソン
「よく見かける文章だな。
いかにも勉強しているように見える」
ホームズ
「しかし、何が課題なのか。
何を判断するのか。
誰が何を実施するのか。
どの順番で進めるのか。
何も見えない」
ワトソン
「たしかに、用語は多いが、内容はぼんやりしている」
ホームズ
「答案の第一条件は、正確に伝わることだ。
文化審議会は『公用文作成の考え方』を取りまとめ、今後の公用文作成に当たっての新たな手引とするよう文部科学大臣に建議している。文化庁
技術士試験の答案も、公的な試験で読まれる技術文書である。
読み手に負担をかける文章は、それだけで不利になる」
ワトソン
「では、答案では何を優先すべきだ?」
ホームズ
「まず、短く書く。
次に、主語と述語を明確にする。
そして、一文一意を守る。
これが伝わる答案の出発点である」
第2章:主語と述語の関係を明確にせよ
ワトソン
「主語と述語の関係。
これは文章の基本だな」
ホームズ
「基本だ。
だが、技術士二次試験の答案では、この基本が崩れやすい」
ワトソン
「なぜ崩れる?」
ホームズ
「受験生が、限られた字数の中に多くの情報を詰め込もうとするからだ。
背景、課題、理由、対策、効果を一文に入れようとする。
その結果、主語と述語が遠くなり、文章がねじれる」
ワトソン
「例を挙げてくれ」
ホームズ
「例えば、こうだ」
老朽化した社会資本については、人口減少に伴う財源不足や維持管理人材の不足、自然災害の激甚化なども踏まえ、将来にわたり安全・安心な国民生活を確保するため、点検、診断、補修、更新を計画的に推進することが重要である。
ワトソン
「一文が長い。
言いたいことは分かるが、読みにくい」
ホームズ
「そうだ。
主語は何か。
述語は何か。
課題は何か。
対策は何か。
一読して分かりにくい」
ワトソン
「どう直す?」
ホームズ
「こうだ」
老朽化した社会資本では、維持管理水準の確保が課題である。
理由は、人口減少により財源と人材が不足しているためである。
そのため、点検結果を基に施設の重要度と劣化度を評価する。
その上で、優先順位を付けて補修・更新を進める。
ワトソン
「かなり読みやすい。
一文ごとの役割が分かる」
ホームズ
「そうだ。
一文を短くするだけで、主語と述語の関係は明確になる。
そして、主語と述語が明確になれば、採点者は答案の論理を追いやすくなる」
ワトソン
「つまり、主語と述語の明確化は、伝わる文章の第一歩だな」
ホームズ
「その通りだ」
第3章:一文一意で書け
ワトソン
「主語と述語を明確にするには、一文を短くすることが大切なのだな」
ホームズ
「もう一つ大切な原則がある。
一文一意だ」
ワトソン
「一つの文に、一つの意味だけを持たせるということか」
ホームズ
「そうだ。
技術士二次試験の答案では、一文に複数の役割を詰め込みすぎてはいけない。
課題を書く文。
理由を書く文。
解決策を書く文。
効果を書く文。
それぞれを分けるべきだ」
ワトソン
「文章が長くなってしまわないか?」
ホームズ
「むしろ短くなる。
長い一文を作ると、接続語や修飾語が増える。
結果として、字数を使う割に伝わらない。
短い文で役割を分けた方が、読み手には伝わりやすい」
ワトソン
「悪い例は?」
ホームズ
「こうだ」
災害時に迅速な対応を行うためには、被災状況を早期に把握し、関係機関と連携しながら、住民避難、道路啓開、物資輸送などを円滑に進める必要があることから、ICTを活用した情報共有体制の構築が重要である。
ワトソン
「息が長い。
どこが結論なのか探さなければならない」
ホームズ
「改善すると、こうなる」
災害時には、被災状況を早期に把握することが課題である。
初動対応が遅れると、住民避難、道路啓開、物資輸送に支障が生じる。
そのため、ドローン、道路カメラ、SNS通報を活用して被災情報を収集する。
収集した情報はGIS上で一元管理し、道路管理者、警察、消防、自衛隊で共有する。
ワトソン
「内容は同じ方向だが、はるかに明確だ」
ホームズ
「一文一意にすると、論理の段差が見える。
採点者は、課題、理由、解決策、実施方法を順番に追える。
これが答案の読みやすさである」
第4章:「適切に」「十分に」「関係者と連携」は逃げになりやすい
ワトソン
「答案でよく使われる言葉に、『適切に』『十分に』『関係者と連携して』がある。
これらは使ってはいけないのか?」
ホームズ
「使ってはいけないわけではない。
だが、それだけで終わると危険だ」
ワトソン
「なぜ危険なのだ?」
ホームズ
「具体的な判断や行動を隠してしまうからだ。
例えば、次の文を見たまえ」
関係者と十分に連携し、適切な対策を着実に実施する。
ワトソン
「確かに、よく見る。
しかし、何も間違ってはいないように見える」
ホームズ
「間違ってはいない。
だが、何も具体的ではない。
関係者とは誰か。
何を連携するのか。
何をもって適切と判断するのか。
着実に実施するとは、どの手順なのか。
採点者には伝わらない」
ワトソン
「では、どう書く?」
ホームズ
「こうだ」
道路管理者、警察、消防、沿道住民を協議体に加える。
事前に交通規制範囲、迂回路、緊急車両の動線を確認する。
工事中は交通量と騒音を毎日確認し、基準を超えた場合は施工時間帯を見直す。
ワトソン
「誰が関係者か、何を調整するか、何を見て判断するかが分かる」
ホームズ
「その通りだ。
答案では、便利な言葉を具体的な行動に置き換える必要がある。
『適切に』と書きたくなったら、何を基準に判断するのかを書く。
『連携する』と書きたくなったら、誰と何を調整するのかを書く。
『推進する』と書きたくなったら、どの手順で実行するのかを書く」
第5章:答案は「課題→解決策→リスク」で一貫させる
ワトソン
「文章が分かりやすくても、内容のつながりが弱い答案もあるな」
ホームズ
「その通りだ。
技術士二次試験の答案では、文章単体の読みやすさだけでなく、全体の一貫性が必要である」
ワトソン
「一貫性とは?」
ホームズ
「課題、解決策、リスクがつながっていることだ。
課題で『維持管理人材の不足』を挙げたなら、解決策では省人化、外部連携、技術継承などが来るべきだ。
リスクでは、デジタル技術依存や現場判断力の低下などが自然に出てくる」
ワトソン
「課題と解決策がずれると、答案全体が弱くなるわけだな」
ホームズ
「そうだ。
例えば、課題が『災害時の情報共有』なのに、解決策が『施設の長寿命化』だけではずれる。
課題が『財源不足』なのに、解決策が高額な新技術の全面導入だけでも弱い。
答案は、各段落が別々の話をしてはいけない」
ワトソン
「リスクも同じか?」
ホームズ
「同じだ。
リスクは、解決策を実行した結果、新たに生じうる懸念でなければならない。
課題をもう一度書いてはいけない」
ワトソン
「例えば?」
ホームズ
「DXによる点検効率化を解決策とした場合、リスクはこうなる」
AI判定に依存しすぎると、現場技術者の異常検知能力が低下するリスクがある。
対策として、AI判定結果と技術者の現地確認を併用し、判定根拠を教育資料として蓄積する。
ワトソン
「解決策からリスクが出ている。
論理がつながっているな」
ホームズ
「それが答案の一貫性だ」
第6章:答案では「抽象」と「具体」を往復せよ
ワトソン
「答案では、どの程度具体的に書けばよいのだろう?
具体的に書きすぎると、部門や業務に偏りそうだ」
ホームズ
「そこが難しい。
答案では、抽象と具体を使い分ける必要がある」
ワトソン
「どういうことだ?」
ホームズ
「観点は、ある程度抽象的でよい。
例えば、維持管理、防災、人材確保、経済性、環境配慮といった観点である。
しかし、課題は具体化しなければならない」
ワトソン
「観点と課題を混同してはいけないのだな」
ホームズ
「その通りだ。
『防災力の向上』は観点に近い。
課題として書くなら、例えばこうだ」
災害時の初動対応を迅速化するため、被災情報を一元的に収集・共有する仕組みを構築することが課題である。
ワトソン
「具体的な解決策につながる」
ホームズ
「そうだ。
答案では、抽象的な方向性だけでは弱い。
しかし、個別事例だけでも狭い。
だから、観点で広く捉え、課題で具体化し、解決策で手順に落とす。
この往復が必要である」
ワトソン
「つまり、広く考え、具体的に書くということか」
ホームズ
「正確には、広い観点から課題を選び、解決できる粒度で書くことだ」
第7章:読み手は疲れている、と考えよ
ワトソン
「答案を書くとき、受験生は採点者をどう意識すべきだろう?」
ホームズ
「採点者は疲れている、と考えるべきだ」
ワトソン
「ずいぶん現実的だな」
ホームズ
「現実だ。
試験委員は多くの答案を読む。
その中で、主語が曖昧で、一文が長く、抽象語ばかりの答案を読むのは負担である。
採点者に負担をかける答案は不利になる」
ワトソン
「読みにくい答案は、それだけで損をするわけだな」
ホームズ
「そうだ。
答案は、採点者に推理させてはいけない。
『この受験生は何を言いたいのだろう』と考えさせた時点で弱い。
採点者が迷わず読めるように、道筋を示す必要がある」
ワトソン
「そのためには、見出しや段落も重要か?」
ホームズ
「重要だ。
段落ごとに役割を明確にする。
課題を書く段落。
理由を書く段落。
解決策を書く段落。
リスクを書く段落。
倫理を書く段落。
この切り分けがあるだけで、読みやすさは大きく変わる」
ワトソン
「答案は、読んでもらう文書なのだな」
ホームズ
「そうだ。
自分が書きたいことを書くのではない。
採点者が評価できる形で書くのだ」
第8章:最後の倫理を飾りにするな
ワトソン
「答案の最後に、技術者倫理や社会の持続可能性を書く設問がある。
ここも書き方が難しい」
ホームズ
「多くの答案では、最後の倫理が飾りになっている」
ワトソン
「飾り?」
ホームズ
「例えば、こうだ」
技術者倫理を遵守し、社会の持続可能性に配慮して業務を遂行する。
ワトソン
「よく見る表現だ」
ホームズ
「だが、これだけでは弱い。
何の倫理か。
どの判断で倫理が関係するのか。
社会の持続可能性にどう配慮するのか。
何も具体的ではない」
ワトソン
「では、どう書く?」
ホームズ
「例えば、インフラ維持管理の答案なら、こうだ」
補修・更新の優先順位は、利用者数だけでなく、代替路の有無や災害時の機能も踏まえて判断する。
短期的な費用削減を優先し、重要施設の安全性を低下させてはならない。
技術者として、公衆の安全を最優先にしつつ、財源制約下で維持管理を継続できる計画とする。
ワトソン
「答案全体の内容とつながっている」
ホームズ
「そうだ。
倫理は最後に貼るラベルではない。
解決策の判断基準として答案全体に関わる。
最後に書く場合でも、本文の内容と接続させる必要がある」
エピローグ:正確な文章は、技術者の信用である
ワトソン
「ホームズ、今日の話で分かった。
技術士二次試験の答案の書き方で最も大切なのは、難しい表現ではない。
正確に、分かりやすく、設問に答えることだ」
ホームズ
「その通りだ。
答案は、文学作品ではない。
技術的判断を伝える文書である。
だから、主語と述語を明確にする。
一文一意で書く。
抽象語だけで逃げない。
課題、解決策、リスクをつなげる。
倫理を飾りにしない」
ワトソン
「どれも基本だが、実際に答案で守るのは難しい」
ホームズ
「基本ほど難しいものだ。
しかし、この基本を外した答案は、どれほど知識があっても読みにくい。
読みにくい答案は、採点者に伝わらない。
伝わらない答案は、評価されにくい」
ワトソン
「厳しいが、納得できる」
ホームズ
「技術士二次試験は厳しい。
だが、その厳しさには理由がある。
技術士は、科学技術の向上と国民経済の発展に資する立場にある。
そのためには、技術的判断を正確に説明できなければならない」
ワトソン
「正確な文章は、技術者の信用そのものなのだな」
ホームズ
「その通りだ。
主語と述語を曖昧にしない。
何を課題とし、何を実行し、何を防ぐのかを明確に書く。
それが、技術士二次試験の答案の第一歩である」
まとめ
技術士二次試験の答案では、正確で分かりやすい文章を書くことが重要である。
専門用語を多く使えば、専門性が伝わるわけではない。
主語と述語の関係を明確にし、一文一意で書くことが、伝わる答案の第一歩である。
また、「適切に」「十分に」「関係者と連携して」といった便利な表現だけでは、技術的判断は伝わらない。
誰が、何を、どの基準で判断し、どの手順で実施するのかを書く必要がある。
答案全体では、課題、解決策、リスク、倫理を一貫させることが重要である。
リスクは課題の再掲ではなく、解決策から新たに生じうる懸念として書く。
倫理は最後の飾りではなく、技術者の判断基準として答案全体に接続させる。
技術士二次試験の答案は、知識を見せる場ではない。
技術者としての判断を、採点者に正確に伝える場である。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
「日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)」は、1977年に設立された日本最大級のシャーロック・ホームズ愛好家(シャーロキアン)の親睦団体です。全国に約700名の会員を擁し、専門的な研究からファンの交流まで幅広い活動を行っています。
【主な活動と特徴】
・イベントの開催: 毎年春と秋の「全国大会」のほか、東京や軽井沢でのセミナー、月例会などを開催しています。
・出版物の発行: 機関誌『ホームズの世界』や研究書の出版、関連事典の制作協力などを行っています。
・入会のしやすさ: 論文の提出義務などはなく、ホームズを愛する気持ちがあれば誰でも気軽に参加できるウェルカムな雰囲気のクラブです。







