目次
今回から3回に分けて、総合技術監理部門の試験対策についてご説明します。
一部は、口頭試験の対策にもなりますから、しっかり理解して下さい。
はじめに:技術士の最高峰「総合技術監理部門」への挑戦
技術士第二次試験において、全部門共通の「必須科目」が存在する他の20部門とは異なり、独自のアプローチが求められるのが「総合技術監理部門(以下、総監)」です。平成13年度に21番目の部門として新設されて以来、多くの技術者がこの資格を目指してきました 。
しかし、「総監とは具体的に何をどう管理するのか?」という問いに対して、明確に答えられる受験生は多くありません。建設部門や機械部門のような特定の専門技術の深堀りではなく、技術業務全体を俯瞰し、最適化する能力が問われるからです。
本記事では、総監部門が設立された真の理由(背景)、学習の指針となる基準書(青本・キーワード集)、そして試験で問われる「5つの管理」と「トレードオフ」の本質について、最新の資料と過去の分析に基づき、深く掘り下げて解説します。
1. なぜ「総合技術監理」が必要なのか?~設立の背景と前提条件~
総監を理解する上で最も重要なのは、「なぜこの部門が存在するのか?」という「背景」を知ることです。これは単なる歴史の話ではなく、試験問題そのものの「前提条件」となっているからです 。
科学技術の光と影
科学技術の発展は、私たちの生活に利便性や豊かさといった「恩恵」をもたらしました。しかし、技術が巨大化・総合化・複雑化するにつれ、その影響力は一企業の枠を超え、地球規模にまで及ぶようになっています 。 現代の技術プロジェクトは、単独の専門技術だけで完結するものではありません。例えば、新しい化学プラントを建設する場合、生産効率(経済性)だけでなく、爆発事故の防止(安全性)、従業員の健康管理(人的資源)、周辺地域への汚染防止(社会環境)、制御システムのセキュリティ(情報)など、多岐にわたる要素が複雑に絡み合っています。
「部分最適」から「全体最適」へ
もし、各専門家が自分の担当分野だけを追求したらどうなるでしょうか?
- 「コストカットの鬼」が安全装置を予算から削るかもしれません。
- 「効率化の推進者」が、セキュリティの脆弱なネットワークを導入してしまうかもしれません。
その結果発生するのは、事故や環境汚染といった「多大な負の影響」です 。従来は個別の技術改善で防げていた問題も、システムが複雑化した現代では、個別対応だけでは防ぎきれない状況になりつつあります 。
そこで必要とされたのが、「業務全体を俯瞰(ふかん)し、複数の要求事項を総合的に判断して監理する技術者」です 。これが総監技術士の定義であり、試験では常に「科学技術の恩恵を最大化しつつ、負の影響を最小化する」能力が試されています 。

2. 総監の羅針盤:「青本」から「キーワード集」への変遷
総監部門には、他の部門にはない特殊な事情があります。それは、国(文部科学省)が監修した事実上の「基準書」が存在することです 。
伝説の基準書「青本」
かつて、総監受験生のバイブルとされていたのが、『技術士制度における総合技術監理部門の技術体系』、通称「青本」です。これは平成13年の部門新設に合わせて編纂され、総監の定義や範囲を明確にしたものでした 。 青本は単なる参考書ではなく、試験の「採点基準」そのものでした 。出題者は青本に基づいて問題を作成し、採点者は青本の記述に沿って採点を行う。つまり、青本を理解することは、試験のルールブックを理解することと同義だったのです。
現代の指針「キーワード集」
しかし、技術の進歩は著しく、2004年に改訂された青本の内容も次第に時代に合わなくなってきました。そこで2017年、青本は絶版となり、代わって日本技術士会から『総合技術監理キーワード集』が配布されるようになりました 。
現在、令和7年(2025年)以降の受験生にとっての学習のベースは、このキーワード集(現在は「2026」版が配布されています)となります。キーワード集には、総監技術士が知っておくべき用語が「5つの管理」ごとに体系化されています。 注意すべきは、青本が絶版になったからといって、「総監の概念」や「思考プロセス」が変わったわけではないという点です。キーワード集の「まえがき」や「総合技術監理」の章には、青本で語られていた「総監の背景」や「倫理観」が凝縮されて記載されています 。したがって、学習においてはキーワード集の用語を知識として蓄えつつ、その根底にある青本譲りの「管理哲学」を理解する必要があります。
3. 合格のための武器:「5つの管理分野」徹底解説
総合技術監理の試験範囲は、青本およびキーワード集によって明確に「5つの管理」に限定されています 。これ以外の独自の管理手法(例えば「営業管理」や「顧客管理」単独など)は、総監の試験範囲外となります。 各管理の本質を理解することが、合格への最短ルートです。
① 経済性管理:QCDのバランスと事業継続
経済性管理の本質は、「QCD(品質・コスト・納期)のバランス」を保つことです 。 単にコストを削減すればよいわけではありません。品質(Quality)を高めようとすればコスト(Cost)や納期(Delivery)が犠牲になる可能性があります。このトレードオフの中で、計画・実施・統制を行うのが経済性管理です。
- 主要キーワード: 品質管理(QC)、工程管理(PERT/CPM)、原価管理、設備管理、サプライチェーンマネジメント(SCM)、事業継続計画(BCP) 。
② 人的資源管理:人の「活用」と「能力開発」
人的資源管理の目的は、人の配置(パズル)ではなく、「人の活用」と「能力開発」です 。 組織の目標達成のために、構成員の意欲(モチベーション)を高め、能力を最大限に発揮させるための仕組み作りが求められます。労働関係法令の遵守は最低限のラインであり、その上でどう人を活かすかが問われます。
- 主要キーワード: 労働基準法、安全衛生教育、モチベーション理論(マズロー等)、リーダーシップ、メンタルヘルスケア、ダイバーシティ・マネジメント 。
③ 情報管理:「活用」と「保護」の両立
情報管理には2つの側面があります。一つは意思決定のために情報を「活用」すること、もう一つは情報を漏洩や改ざんから「保護」すること(セキュリティ)です 。 近年では、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の活用が叫ばれる一方で、サイバー攻撃のリスクも高まっており、この「攻め」と「守り」のバランスが重要視されています。
- 主要キーワード: 情報セキュリティ(機密性・完全性・可用性)、知的財産権、個人情報保護、情報通信技術(IoT, ビッグデータ, AI) 。
④ 安全管理:リスクの低減と受容
安全管理の目的は、「安全の確保」ですが、これは「リスクをゼロにする」ことではありません。無限のコストがかかるからです。許容可能なレベル(ALARPの原則)までリスクを低減し、残留リスクを管理するというリスクマネジメントの考え方が中心となります 。
- 主要キーワード: リスクアセスメント、労働安全衛生管理、危機管理、機能安全、フェールセーフ、ヒューマンエラー対策 。
⑤ 社会環境管理:外部環境への負荷低減
社会環境管理の目的は、組織活動が外部環境(自然環境や地域社会)に与える「負荷を低減すること」です 。 単なる近隣対策だけでなく、地球温暖化(カーボンニュートラル)、生物多様性、廃棄物削減といった地球規模の課題に対し、組織としてどう責任を果たすかが問われます。
- 主要キーワード: 環境基本法、カーボンニュートラル、SDGs、廃棄物処理法、ISO14000、ライフサイクルアセスメント(LCA) 。
4. 総監の核心:「トレードオフ」を制する者が試験を制す
5つの管理分野の知識を覚えただけでは、まだ合格ラインには届きません。総監技術士に求められる最大の能力は、「トレードオフ(二律背反)の解決」です 。
トレードオフとは何か?
業務遂行において、ある管理目標を達成しようとすると、別の管理目標が阻害される状態を指します。 例えば:
- 経済性 vs 安全性: 「コストを削減したい(経済性)」が、「安全対策費を削ると事故リスクが高まる(安全性)」 。
- 情報活用 vs 情報セキュリティ: 「データをクラウドで共有して効率化したい(情報・経済性)」が、「情報漏洩のリスクが増える(情報セキュリティ)」 。
- 効率化 vs 人的資源: 「ロボット導入で生産性を上げたい(経済性)」が、「ベテラン職人の雇用やモチベーションが下がる(人的資源)」 。
総合的な判断と最適化
試験では、このようなジレンマに直面した際、「どちらか一方を切り捨てる」のではなく、「工夫や技術、仕組みによって両立させる(最適化する)」提案ができるかが問われます。 青本やキーワード集では、この調整機能こそが「総合管理技術」であるとしていますが、確立された統一的手法はありません 。だからこそ、受験生自身の「全体俯瞰能力」と「総合的な判断力」が試されるのです。
論文試験において、「Aという課題に対し、Bという対策をした」と書くだけでは不十分です。「Aを行うとCという別のリスク(トレードオフ)が生じるため、Dという補完対策を行い、全体として最適化した」という、重層的な論理構成が必要となります。
5. 求められる視座:スペシャリストからゼネラリストへ
総監試験に合格するためには、これまでの専門技術者としての視点を一度リセットする必要があります。 「より高性能なコンクリートを作りたい」「より高速なプログラムを書きたい」といったスペシャリスト(職人)の視点だけでは、総監の問題は解けません。
求められているのは、「組織の技術担当役員(CTO)」や「プロジェクトマネージャー(PM)」の視点です 。
- 視座の高さ: 自分の部署だけでなく、経営層、顧客、地域住民、規制当局など、多様なステークホルダーを意識する 。
- 判断の基準: 技術的なスペックの高さだけでなく、コスト、納期、リスク、法令遵守、環境配慮などを総合的に勘案して意思決定を行う 。
試験当日は、この「総監の帽子」を被り、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を最適に配分する責任者として振る舞うことが合格への鍵となります。

まとめ:総監合格へのロードマップ
総合技術監理部門とは、「科学技術の巨大な力を社会のために正しく制御し、組織活動を通じて恩恵を最大化しつつリスクを管理する」ための部門です。
合格への道のりは以下の通りです:
- 「総監の背景」を理解する: なぜ管理が必要なのか、その原点に立ち返る。
- 「5つの管理」を武器にする: キーワード集を活用し、各管理分野の道具(用語・手法)を習得する。
- 「トレードオフ」を見つける: 自分の業務の中に潜む「あちらを立てればこちらが立たず」の状況を探し出し、それをどう解決したかを言語化する。
- 「全体最適」の視点を持つ: 常に組織全体の利益と社会的責任のバランスを考える癖をつける。







