技術士第二次試験の21番目の部門、「総合技術監理部門(総監)」。他の20部門が特定の専門技術分野の深化を求めるのに対し、総監部門は、技術全体を俯瞰し、「経済性管理」「人的資源管理」「情報管理」「安全管理」「社会環境管理」という5つの管理分野にわたる総合的な監理能力を問います。
その特殊性から、既にいずれかの技術部門に合格した者が次に目指すケースも多く、「技術士の頂点」とも称される部門です。
本記事では、このユニークな総合技術監理部門に焦点を当て、令和3年度から令和6年度の4年間のデータから、その合格率の動向と、他の部門とは異なる特徴を分析していきます。

総合技術監理部門の合格率推移 – 高水準だが不安定な動向
まず、総監部門の合格率が他の部門と比較してどのような位置にあるのかを見てみましょう。
| 年度 | 総監部門 受験者数 | 総監部門 合格者数 | 総監部門 合格率 | 試験全体の合格率 | 建設部門の合格率 |
| 令和6年 | 2,521人 | 382人 | 15.2% | 10.4% | 8.7% |
| 令和5年 | 2,618人 | 543人 | 20.7% | 11.8% | 9.8% |
| 令和4年 | 2,735人 | 501人 | 18.3% | 11.7% | 9.7% |
| 令和3年 | 2,742人 | 398人 | 14.5% | 11.6% | 10.4% |
データから一目瞭然なのは、総監部門の合格率が、試験全体の平均や最難関の建設部門よりも常に高い水準にあることです 。これは、総監部門の受験者の多くが、既に他の技術部門を突破した実力者であり、論文作成や口頭試験に対する一定の経験値を持っていることが大きな要因と考えられます。
しかし、その推移は安定しているとは言えません。令和3年度の14.5%から令和5年度には20.7%まで大きく上昇しましたが、令和6年度には15.2%へと5.5ポイントも急落しました 。この大きな変動は、総監部門特有の評価基準や、その年ごとに出題される社会的な課題のテーマが、受験者の得意・不得意に大きく影響することを示唆しているのかもしれません。高い合格率に油断せず、万全の対策が求められることに変わりはありません。
受験者のバックグラウンドによる合格率の違い
総監部門の統計で興味深いのは、受験者が元々どの技術部門を専門としているか(選択科目)によって、合格率に差が見られる点です。
総監部門の受験者のうち、実に65%以上は「建設部門」の技術者です。インフラ整備など、大規模プロジェクトを扱う建設分野では、まさに総監で問われる5つの管理能力が日常業務と直結するため、受験者が多いのは自然なことでしょう。
では、その建設部門出身者の総監合格率はどうなっているのでしょうか。
▼ 総合技術監理部門における建設部門出身者の合格率
| 年度 | 建設出身 受験者数 | 建設出身 合格率 | 総監全体の合格率 |
| 令和6年 | 1,638人 | 13.3% | 15.2% |
| 令和5年 | 1,742人 | 20.0% | 20.7% |
| 令和4年 | 1,829人 | 16.9% | 18.3% |
| 令和3年 | 1,833人 | 14.3% | 14.5% |
驚くべきことに、最大勢力である建設部門出身者の合格率は、毎年、総監部門全体の平均合格率をわずかに下回る傾向にあります 。これはつまり、建設部門以外の、例えば「機械部門」や「電気電子部門」といった他部門の出身者の方が、総監部門の試験において、より高い合格率を達成していることを意味します。
実際に令和6年のデータを見ると、電気電子部門出身者の合格率は23.1% 、化学部門出身者は42.9% と、建設部門出身者の13.3% を大きく上回っています。
この背景には、製造業などに従事する技術者の方が、日頃から製品のライフサイクル全体(企画、設計、製造、品質管理、コスト、安全、廃棄など)を意識しており、その経験が総監の5つの管理の視点と親和性が高い、という可能性が考えられます。

まとめ:データが解き明かす総合技術監理部門の真の姿
3回にわたる分析の締めくくりとして、技術士の頂点とも言われる「総合技術監理部門」について、データが示す3つの重要なポイントを深く掘り下げて考察します。この部門の特異性を理解することは、合格戦略を立てる上で不可欠です。
1. 合格率は「高いが不安定」- 安定しない難易度の謎
まず、総監部門の合格率は、試験全体の平均を毎年4〜9ポイントも上回る高い水準にあるのが最大の特徴です。これは、受験者の多くが既に他の技術部門を突破した実力者であるため、当然の結果とも言えます。
しかし、その数値を詳しく見ると、「極めて不安定」であることが分かります。令和3年度の14.5%から、令和5年度には20.7%へと急上昇し、多くの受験生に希望を与えました。ところが、翌年の令和6年度には15.2%へと5.5ポイントも急落。この乱高下は、総監部門の試験が、固定的な知識を問うものではないことを物語っています。
その年の社会情勢、大規模な災害の発生、新たな国家プロジェクトの始動など、時事性の高いテーマが色濃く反映されるため、出題内容によって年ごとに難易度が大きく変動するのです。令和5年度の突出した高い合格率は例外的な年であった可能性があり、むしろ15%前後の厳しい合格率が平常運転と考えるべきかもしれません。「合格率が高いから」という安易な考えは捨て、いつ難化しても対応できるよう、本質的な監理能力を磨き上げる必要があります。
2. 建設部門出身者が大多数という構造
総監部門の受験者構成を見ると、際立った特徴があります。それは、全受験者のうち約3分の2(65%前後)を「建設部門」の出身者が占めているという事実です。実際に令和6年度では、全受験者2,521人のうち1,638人が建設部門をバックグラウンドに持つ技術者でした 。
これは、社会インフラという大規模かつ複雑なプロジェクトに携わる建設技術者にとって、「安全管理」や「社会環境管理」といった総監の監理技術が、日常業務そのものであるためです。プロジェクト全体を俯瞰し、様々なリスクを管理する能力は、建設技術者にとってキャリアアップの根幹をなすスキルであり、総監部門の目指す方向性と極めて親和性が高いのです。この巨大な母集団の動向が、総監部門全体の統計を大きく左右する構造になっています。
3. 建設部門出身者は意外に苦戦?他部門出身者の優位性
ここで最も興味深く、かつ重要な考察に入ります。最大勢力である建設部門出身者は、果たして総監部門に有利なのでしょうか。データが示す答えは「否」です。驚くべきことに、建設部門出身者の合格率は、毎年、総監部門全体の平均合格率をわずかに下回る傾向にあるのです 。
- 令和6年度の例
- 建設部門出身者の合格率: 13.3%
- 電気電子部門出身者の合格率: 23.1%
- 総監部門全体の平均: 15.2%
このデータは、建設部門以外の、特に製造業系の技術者(機械、電気電子、化学など)の方が、総監の試験で高いパフォーマンスを発揮している可能性を示唆しています。この逆転現象の背景には、管理に対する視点の違いが考えられます。建設分野の管理が、現場の安全や工程といった「プロジェクトマネジメント」に重きを置くのに対し、製造業では、研究開発からコスト、品質、情報、人材、そして市場投入後の環境影響まで含めた「事業全体のマネジメント(プロダクトライフサイクルマネジメント)」が求められます。この経営に近い、より包括的で多角的な管理の視点が、総監部門の求める5つの管理の考え方と、より強く共鳴するのかもしれません。
建設部門出身者は、自身の専門分野の常識や「現場の論理」だけに囚われず、一歩引いた視点から、組織経営や社会経済といったより広い視野で物事を捉え、論述する訓練が合格の鍵となると言えるでしょう。







