【技術士二次試験】公共工事は国民経済の発展に資する
技術士二次試験の問題文には、「財政の圧迫」「厳しい財政状況」「近年、建設投資が急激に減少」等の言葉が頻出している。
しかし、それは本当だろうか? 今回の記事はエンジニアには、難しい部分もあるので、なるべく脚注をつけた。なんとか読んで理解して欲しい。
まずは、国の税収を見て欲しい、恐れ多くも財務省様のサイトだ。
見ての通り、バブルの頃よりも税収は増えている。令和2年3年は、新型コロナの影響で経済が停滞したのにも関わらず、史上最高の税収だ。人口減少も生産年齢人口の減少も何のそのだ!
公共事業が直面する財政赤字
社会保障関連費をはじめとする政府支出の増大により日本経済が破綻する、という論調があらわれて久しい。事実、普通国債残高は累積し続けており、2022年度末には1,029兆円に上ると見込まれている[1]。これはGDPの2倍を超える金額であり、日本政府の債務残高の対GDP比は主要先進国の中で最も高い水準にある[2]。
さらにごく最近では、日本国債のデフォルト(債務不履行)を懸念する外国格付け会社が、日本国債を格下げするという事態まで生じている[3]。すなわち、主要格付け会社3社(ムーディーズ・S&P・フィッチ)は、日本の長期国債を「A」(シングル・エー)に格付けしているが、これは世界ランキングでみた場合24位である[4]。1位から15位までをアメリカやドイツ、デンマークなど欧米諸国が占めるのに対し(シンガポールを除く)、24位の前後には中国やサウジアラビアなどの新興国や、エストニア、スロベニアなど中東欧の小国が名を連ねている。長らく先進国の一員であるはずの日本の国債は、これら諸国と同格付けなのである。
[1] 財務省①.“日本の借金の状況”.財務省.https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/situation-comparison.html#:~:text=%E6%99%AE%E9%80%9A%E5%9B%BD%E5%82%B5%E6%AE%8B%E9%AB%98%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B4%AF%E5%A2%97,%E6%9C%80%E3%82%82%E9%AB%98%E3%81%84%E6%B0%B4%E6%BA%96%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82,(参照2023-03-20).
[2] 同上記事.
[3] 財務省②.“外国格付け会社宛意見書要旨”.財務省.https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm,(参照2023-03-19).
[4] Let’s GOLD.“主要国の国債格付けランキング”.Let’s GOLD.https://lets-gold.net/sovereign_rating.php,(参照2023-03-20).
公共事業批判ムード?
さて、昨今のこのような状況は、防災・インフラ整備への積極的な財政支出を求める声にとって、決して有利な状況とはいえない。 しかし緊縮財政で社会資本を切りつめても、将来世代に禍根を残すだけである。MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)によれば、自国通貨を発行できる政府は、財政赤字を拡大しても債務不履行に陥ることはない。
財務省は、日本国債の格下げに対して抗議した文書「外国格付け会社宛意見書要旨」の中で「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」[1]と述べているが、この考え方はMMTのものである。私も、本論ではMMTの観点から、公共事業拡大の必要性を訴えるつもりである。日本経済破綻の論調に過度に惑わされることなく、政府は日本経済の中・長期的な成長を下支えするためのインフラ整備をしっかりと進めていく必要がある。
[1] 財務省②,前掲記事.
MMT(現代貨幣理論)とは?
概略
債務残高の累積は、防災・インフラ関連予算等を縮小する理由として果たして適切だろうか。それを否定するのが、ケインズ主義の流れをくむマクロ経済学の理論、現代貨幣理論(以下、「MMT」)だ。MMTはごく簡単に言えば「政府が財政赤字を拡大、悪化させても、発行している国債が自国通貨建て債務であるならば、債務不履行には陥らない」[1]と主張する経済理論である。したがって、それが支持するのは積極的な財政支出である。
2008年にアメリカで発生した金融危機、いわゆるリーマン・ショック以降、多くの先進国が緊縮財政に転じ、個人消費の停滞やインフレ圧力が緩慢な状態が続いた。このような閉塞感が漂うなか、アメリカの経済学者ステファニー・ケルトンらによって提唱され、新しいアプローチとして世界で注目を集めているのがMMTである[2]。
[1] 白井さゆり.“現代貨幣理論”.Japan Knowledge.2022-06-22.https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2515,(参照2023-03-20).
[2] 同上記事.
代表的な主張
MMTの代表的な主張は、以下の3つである[1]。
① 自国通貨を発行できる政府は財政赤字を拡大しても債務不履行になることはない
② 財政赤字でも国はインフレが起きない範囲で支出を行うべき
③ 税は財源(政府の収入)ではなく通貨を流通させる仕組みである
[1] 笠木渉太.“現代貨幣理論(MMT)ってなに?分かりやすく解説”.未来創造マガジン.2021-02-24.https://miraisozo.mizuhobank.co.jp/money/80284,(参照2023-03-19).
①はMMTが「財政再建不要論」と一部の論者から指摘される[1]理由、②は①を前提とした政策提言、さらに③は①と②の背後にある考え方(「税は国の収入である」という従来の定説とは異なる考え方)である[2]。
①に関して、MMTの提唱者の一人であるL. Randall Wrayは「独自の通貨を有する主権国家は、債務を履行できないことはあり得ない。なぜなら、債務の期限が来れば、そのたびごとに通貨を発行することで支払いができるからだ。」[3]と述べている。主権国家は家計や企業とは違う。すなわち、家計や企業は「通貨の利用者」に過ぎないのに対して、主権国家は「通貨の発行者」であるという決定的な違いがある[4]。
②に関して、財政赤字が拡大し、通貨供給も増大すれば、インフレをもたらすことが懸念される。しかし、MMTはそれを否定する。MMTによれば、インフレは完全雇用になって初めて生じるものである[5]。したがって、完全雇用が達成されたならば、その時点で積極的な財政政策をやめればよいのである[6]。
また、③の主張は「貨幣は、政府が支出をすることによって供給され、徴税によって回収される」という考え方に基づいている[7]。もしその逆であれば、政府支出は税収によって制約されることになる[8]。しかし、そうではないから、政府は借金を気にすることなく支出するべきというのが、MMTの考え方である。MMTが「財政再建不要論」[9]と呼ばれる理由もここにある。つまり、それによれば政府の役割は財政を健全化させることにあるのではなく、財政支出によって総需要を拡大することにある[10]。
[1] 齋藤潤.“齋藤潤の経済バーズアイ (第87回)新たな財政再建不要論:現代貨幣理論(MMT)”.公益社団法人 日本経済研究センター.2019-06-20.https://www.jcer.or.jp/j-column/column-saito/20190620-2.html,(参照2023-03-20).
[2] 笠木渉太.前掲記事.
[4] 同上記事.
[5] 同上記事.
[6] 同上記事.
[7] 齋藤潤,前掲記事.
[8] 同上記事.
[9] 同上記事.
[10] 白井さゆり、前掲記事.
MMTとインフラ整備
以上3つの代表的な主張から、MMTが社会保障やインフラ整備などに対する積極的な政府支出を支持する理論であることがわかるだろう。すなわち、MMTの立場からすると、政府は財政赤字を気にすることなくインフラに積極的に投資すればよいのである。というのも、この投資は国民(国民経済)に対して政府が間接的・直接的に「前払い」することと同義であり、政府が支払った(供給した)お金は税収としていずれ戻ってくるからである。インフラ整備等により国民経済が豊かになれば、それだけ将来税収として回収できる貨幣も増えるというのがMMTの考え方だ。大量の国債発行によって、自国通貨(お金)をたくさん確保し、そのお金を公共事業や社会保障の財源に回すことで、さらなる経済成長につなげるのである。
このようにMMTの立場に立てば、国債発行によって自国通貨を大量に増やすことで、インフラ整備に必要な財源を簡単に補うことができるようになる。インフラ整備には莫大な資金が必要だ。土地開発や道路の修繕、最近の例で言えばSociety5.0などのAIやビッグデータを駆使したスマート・シティの計画といった公共事業はなかなか進みづらいことが指摘される[1]。しかし、債務残高の増大を気にすることなく財政支出を積極的にそれらに振り向けることができるようになれば、話は別である。
[1] 政治ドットコム編集部.“MMT(現代貨幣理論)とは?メリットやデメリットを簡単解説”.政治ドットコム.2023-02-08.https://say-g.com/modern-monetary-theory-738#MMT-2,(参照2023-03-20).
中・長期的経済成長に欠かせないインフラ整備
では、インフラ整備は積極的な財政支出のターゲットとして適切なのだろうか?答えは明らかである。すなわち、適切であり、さらに現状よりももっと予算を増やすべきだ。
さて、同様の問題意識に基づき、マクロ経済的観点から、公共投資により蓄積された社会資本ストックが経済活動の生産性を押し上げる効果(生産力効果)について様々な研究が国内外でなされてきた[1]。これまでのところ、社会資本整備がプラスに寄与する、すなわち「政府支出は生産的である」との仮説を支持する結果が多いようだ[2]。
よく整備されているとともに減災やデジタル化の要請にも対応できる最新のインフラは、将来にわたって日本経済が持続的に成長するための基盤であるとみてよいだろう。
優先順位は低い
実のところ、予算配分におけるインフラ整備(公共事業)の優先順位はそれほど高くない。政府の支出先としてはインフラ整備(公共事業)の他にも様々なものがあり、予算配分の割
合でみるとその順位は5位だ。すなわち2022年度補正後予算の内訳をみると、全体に占める割合が大きい順に、社会保障(32.9%)、国債費(過去の借金の返済と利息。22.1%)、その他(15.4%)、地方交付税交付金等(14.4%)、公共事業(5.5%)、防衛(4.9%)、文教及び科学振興(4.9%)となっている[1]。
以下詳しくみていくように、持続的な経済成長および国民生活の豊かさ、快適さの増進はインフラという社会資本の充実があってこそ可能になる。そのように考えると、公共事業に充てられる財源の割合は小さすぎるのではないかというのが正直なところである。
[1] 財務省③.“予算はどのような分野に使われているのか”.財務省.
https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/index.html,(参照2023-03-21).
[1] 国土交通省.“国土交通白書(2016年版,PDF),第2節 経済動向とインフラ整備”.国土交通省.2016、p.15-44,p.44.https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h27/hakusho/h28/pdf/np101200.pdf,(参照2023-03-21).
[2] 同上資料,p.44.
インフラ整備が経済成長にもたらす恩恵
適切に整備、維持管理されたインフラのメリットをまとめると次のようになる。
(A)完成後の社会資本としての価値(ストック効果):社会資本は、政治・経済・文化・娯楽、ありとあらゆる人間の生活、活動の基盤にあるものである。歴史的にみても、国土に物理的に働きかけ、景観を変化させることで、人間は外界を政治・経済・文化・娯楽などを発展させるのに有利なように改造してきた。しかし、完成後にもたらされる恩恵の偉大さに関する認識は、事業費の大きさによって曇らされることが多い[1]。
インフラが社会資本として蓄積され、機能することで継続的に中長期的にわたり得られる効果をストック効果という[2]。その本来の目的を考えると、ストック効果はインフラがもたらす最大のメリットであるといえる。
(B)雇用の創出(フロー効果):公共投資の事業実施自体により、生産、雇用、消費等の経済活動が派生的に創出され、短期的に経済全体を拡大させる効果がある。これをフロー効果という[3]。この効果は、プロジェクトが大きければ大きいほど高いといえるだろう。 (C)インフラに「生活を預けている」[4]という「リアル」:上下水道や道路・鉄道、発電所・通信施設・送電網・ダム上下水道、電力供給などがなければ、生活はもはや成り立たない。それは動かしようのない現実である。そのいずれかが欠けても、産業や日々の生活はたちまち破綻をきたすといっても過言ではない。特に都市部ではそうである。そのような状況は将来に渡っても変わらず、したがって我々を支えるインフラは常に最良の状態、自然災害やサイバー攻撃で故障してもすぐに復旧できる状態に整備・管理する必要がある。
(D)高齢者を社会参加させ、潜在力を引き出す効果:人口減少と高齢化が傾向としてある中、高齢者に特化したインフラを整備することは、彼らの雇用促進や消費促進につながる[1]。例えば、移動しやすい、シームレスなバリアフリー交通空間を整備すれば、勤労意欲はあるが体力が落ちて通勤できない高齢者の雇用を促進することが予想される[2]。また、移動スーパーやバーチャル・ショッピングモール、ドローンデリバリー等、要するに消費活動に伴う物理的な障害を乗り越えるための設備への投資を行えば、お金も購買意欲もあるが、買い物に行くのが億劫だという高齢者や寝たきりの要介護者の消費を促すことができる。
[1] 同上記事.
[2] 同上記事.
[1] 大石久和.“国土学を提唱-国土にはたらきかけるインフラ整備とその恩恵の体系”.建設グラフ2003年4・5・6月号.http://www.jiti.co.jp/graph/int/0304ooisi/0304ooisi.htm,,(参照2023-03-21).
[2] 国土交通省,前掲資料,p.38.
[3] 同上資料,p.38.
[4] 大石久和,前掲記事.
まとめ
今回は「自国通貨を発行できる政府は、財政赤字を拡大しても債務不履行に陥ることはない」とするMMTの視点から、持続的成長にとって必要不可欠な公共事業の拡大を支持する議論を展開してみた。確かに、日本の債務残高は累積の一途を辿っており、各指標をみても財政状況は決して良くないという状況がある。公共事業への風当たりは強い。
とはいうものの、事業費の規模や公共事業批判が判断を鈍らすようなことがあってはならない。インフラ整備には、ストック効果やフロー効果をはじめとする様々なメリットがある。また「インフラなしではやっていけない」という現実や、高齢社会のニーズとも矛盾しない。国民経済にインフラが及ぼすプラス効果をみてみると、緊縮財政は成長のさらなる鈍化を招くということ以外、何ももたらさないのではないか。インフラ関連予算の配分見直しが求められているといえる。
参考文献
大石久和.“国土学を提唱-国土にはたらきかけるインフラ整備とその恩恵の体系”.建設グラフ2003年4・5・6月号.http://www.jiti.co.jp/graph/int/0304ooisi/0304ooisi.htm,,(参照2023-03-21).
笠木渉太.“現代貨幣理論(MMT)ってなに?分かりやすく解説”.未来創造マガジン.2021-02-24.https://miraisozo.mizuhobank.co.jp/money/80284,(参照2023-03-19).
国土交通省.“国土交通白書(2016年版,PDF),第2節 経済動向とインフラ整備”.国土交通省.2016、p.15-44,p.44.
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h27/hakusho/h28/pdf/np101200.pdf,(参照2023-03-21).
齋藤潤.“齋藤潤の経済バーズアイ (第87回)新たな財政再建不要論:現代貨幣理論(MMT)”.公益社団法人 日本経済研究センター.2019-06-20.https://www.jcer.or.jp/j-column/column-saito/20190620-2.html,(参照2023-03-20).
財務省①.“日本の借金の状況”.財務省.
財務省②.“外国格付け会社宛意見書要旨”.財務省.
https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm,(参照2023-03-19).
財務省③.“予算はどのような分野に使われているのか”.財務省.
https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/index.html,(参照2023-03-21).
白井さゆり.“現代貨幣理論”.Japan Knowledge.2022-06-22.
https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2515,(参照2023-03-20).
政治ドットコム編集部.“MMT(現代貨幣理論)とは?メリットやデメリットを簡単解説”.政治ドットコム.2023-02-08.
https://say-g.com/modern-monetary-theory-738#MMT-2,(参照2023-03-20).
Let’s GOLD.“主要国の国債格付けランキング”.Let’s GOLD.https://lets-gold.net/sovereign_rating.php,(参照2023-03-20).