~坂戸市、ベイカー街221B。朝の光が差し込むデスクにて~
ワトソン博士 (自信満々に分厚い書類を差し出す) 「ホームズ、昨日の事件についての報告書が完成したぞ。今回は特に気合を入れた。 読み手が誤解しないよう、あらゆる前提条件を盛り込み、丁寧に接続詞でつなぎ、補足説明も完璧に入れておいた。これなら警察(スコットランドヤード)の連中も文句はあるまい」
シャーロック・ホームズ (書類を一瞥し、重いため息をついて突き返す) 「ワトソン君、君はこれを『丁寧』と呼ぶのかい? 私には『拷問』に見えるよ。 この一文を見てみたまえ。5行にも渡って続いているじゃないか。 君は無意識に、『丁寧に書くこと』と『長く書くこと』を混同している。だが、それは大きな間違いだ。 皮肉なことに、文章は丁寧になればなるほど、つまり『長く』なればなるほど、読者には伝わらなくなる。これは君の文才の問題ではない。人間の脳の仕組みと、言語構造に起因する明確な『科学的理由』があるのだよ」
第1章:なぜ長文は「悪」なのか? 脳科学的アプローチ
ワトソン 「長く書くと伝わらない? どういうことだ? 情報量が多い方が親切だろう?」
ホームズ 「それが素人の考えだ。理由は3つある。順に解き明かしていこう」
理由1:読者の「認知リソース(脳のメモリ)」には限界がある
ホームズ 「一つ目の理由は、人間の脳が一度に処理できる情報の量、すなわち『認知負荷』の問題だ。 文章を読むとき、読者は文頭にある『主語』や『前提条件』を、脳の短期記憶(ワーキングメモリ)に一時保存しなければならない。 文が長くなればなるほど、読者はその重い荷物を持ったまま、延々と続く修飾語の森を歩かされることになる。そしてようやく文末の『述語』に辿り着いた頃には、もう最初に何を持っていたか忘れてしまっているのだよ」
ワトソン 「『結局、何の話だったっけ?』となるわけか」
ホームズ 「その通り。脳のメモリがオーバーフローして、思考停止に陥るのさ。 私が推奨する『一文の長さは50文字以内』というルールは、読者の脳にかかる負担を最小限にするための安全装置なのだ」
理由2:「係り受け」が迷子になり、誤解を生む
ホームズ 「二つ目の理由は、日本語特有の構造的欠陥だ。日本語は修飾語がどこまでも伸びるため、文が長くなると『係り受け』が迷子になる。 例えば、こんな文だ。 『昨日、新しく導入されたばかりで非常に高機能なオフィスの複合機を使って、資料を印刷した』 さあワトソン君、『昨日』はどこにかかる? 『昨日導入された』のか? それとも『昨日印刷した』のか?」
ワトソン 「うむ……どっちとも取れるな」
ホームズ 「文脈で推測はできるかもしれない。だが、読者に『推測させる』というコストを払わせている時点で、その文章は失格だ。 修飾語は、被修飾語にできるだけ近づけるのが鉄則だ。長文はこの原則を破壊し、書き手の意図しない『誤解』という名の怪物を生み出す温床になる」
理由3:書き手だけが「楽」をしている
ホームズ 「そして三つ目。これが最も罪深い。 実は、長い文章を書くのは、書き手にとって非常に『楽』な行為なのだよ。 頭に浮かんだ順に『~ので、』『~して、』とダラダラつなげていけば、思考を整理する手間が省けるからね。 だがそれは、本来書き手がやるべき『情報の整理・構造化』というコストを、読者に押し付けているに過ぎない。 君の報告書が読まれないのは、君が『サボった』証拠なのだよ」
第2章:「一文一義」で信頼を勝ち取る技術
ワトソン 「耳が痛いな……。では、具体的にどうすればいいんだ? 情報を削ればいいのか?」
ホームズ 「違う。『削る』のではなく『切る』のだ。 ここからは、短く書くことが『知性』と『配慮』の証であることを証明する、具体的な解決策を授けよう」
解決策1:魔の接続助詞「し、」「り、」を断て
ホームズ 「まずやるべきは、文を『句点(。)』で断ち切る勇気を持つことだ。 君の文章には『~し、』『~であり、』という接続助詞が多すぎる。これは論理を曖昧にする麻薬だ。 例えばこうだ」
【NG:ワトソン流】 「サーバーの電源を入れて、起動を確認し、エラーが出ていないかチェックしてください。」
【OK:ホームズ流】 「サーバーの電源を入れます。次に起動を確認してください。その際、エラーが出ていないかチェックします。」
ホームズ 「分かるかい? 分けることで、読者は一つのアクションを完了してから次の情報へ進むことができる。理解の階段を一段ずつ確実に登れるようになるのだ」
解決策2:部分的な箇条書きは「最強の武器」
ホームズ 「情報の優先順位が整理できないときは、『箇条書き』を使いたまえ。 文章の中に埋もれていた重要なキーワードを、箇条書きで外に放り出す。たったそれだけで、視認性は劇的に向上する。 これは、忙しい現代の読者に対する、書き手の最大の誠実さ(誠意)だよ」
解決策3:「責任主体」を明確にせよ
ホームズ 「長文の最大の弊害は、『誰がやるのか』が消えてしまうことだ。 日本語は主語を省略しがちだが、文が長くなると『システムがやるのか』『利用者がやるのか』が不明確になり、業務上のミスや事故に直結する。 短く切ることは、『一文一義(一つの文には一つの事柄だけを書く)』を徹底することであり、それは同時に『責任の所在』を明確にする行為でもあるのだ」
エピローグ:「丁寧」の定義を書き換えろ
ワトソン 「なるほど。私は今まで、『長く書くこと』が丁寧だと思い込んでいたが、それは単なる『甘え』だったわけか」
ホームズ 「その通りだ、ワトソン君。 優れた文章とは、難しい内容を『短く、簡潔に』説明できる文章のことだ。 特に技術士試験やブログ記事においては、読者は君の文章を『鑑賞』しに来ているのではない。『解決策』を効率よく探しに来ているのだ。 読みづらいと感じた瞬間に、ページは閉じられる。内容がいかに素晴らしくても、届かなければ存在しないのと同じだ」
ワトソン 「短く書くことは、相手への敬意……か」
ホームズ 「そうだ。 『一文一義』を徹底し、主語と述語を近づけ、無駄な贅肉を削ぎ落とす。 それは単なるテクニックではない。読者の貴重な時間と脳のエネルギーを奪わないという『配慮』であり、プロフェッショナルの『矜持』だ。
今日から、書き上げた一文が50文字を超えていないか、指で数えてみたまえ。 その『一呼吸置く』習慣が、君の発信力を変える大きな一歩になるはずだよ」
【まとめ】「伝わる文章」への3つの鉄則
「一文一義」の徹底
一つの文には一つの情報だけを入れる。欲張らない。
50文字の壁を意識する
一文が長くなったら、接続助詞(~し、~ので)の場所で「。」を打って切る。
修飾語は直前に
「きれいな 花の 絵」ではなく「花の きれいな 絵」のように、誤解を生まない順序にする。
短く書くことは、情報を捨てることではありません。情報の純度を高めることです。 勇気を持って「。」を打ちましょう。





