『第六次環境基本計画』について ー第1回:第六次環境基本計画の「総論」ー

元データは以下『環境省:第六次環境基本計画の概要』

https://www.env.go.jp/council/content/i_01/000225216.pdf

1. 第六次環境基本計画策定の背景:30年の節目と「3つの危機」

2024年(令和6年)5月に閣議決定された第六次環境基本計画は、1994年(平成6年)の第一次環境基本計画から30年という大きな節目にあたります。

この計画の狙いは、単なる環境保全施策の羅列ではありません。計画の冒頭で示されているのは、「第一次計画から30年の節目を踏まえ 希望が持てる30年へ」そして「勝負の2030年」という、極めて強いメッセージです。

1-1. 30年前からの「問い直し」

驚くべきことに、第一次計画が策定された1994年の時点で、既に「物質的豊かさの追求に重きを置くこれまでの考え方、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式は問い直されるべきである」と警鐘が鳴らされていました。

しかし、第六次計画は、この30年間でその「問い直し」が十分になされなかった結果、我々が深刻な「環境危機」  に直面しているという厳しい現状認識から出発します。

1-2. 直面する「3つの世界的危機」

第六次計画が直面する最大の課題は、「気候変動、生物多様性の損失及び汚染」という「3つの世界的危機」です。これらは個別の問題ではなく、人類の活動が地球の環境収容力(プラネタリー・バウンダリー)を超えつつあることの表れであると指摘されています。

技術士論文における「現状と課題」を記述する上で、この3つの危機認識は不可欠です。

① 気候変動:「地球沸騰化」の時代

  • もはや「温暖化」ではなく「地球沸騰化」の時代 と表現されるほど、状況は切迫しています。
  • 2023年の世界及び日本の年平均気温は、観測史上最高を記録しました 。世界の年平均気温は、産業革命以前と比較して既に1.45度上昇しています。
  • 資料に示された「世界の月平均気温の推移」グラフを見ても、2023年(赤色の線)が過去の平均(灰色の領域)や他の年次を圧倒的に上回っていることが視覚的にわかります。
  • このまま対策が講じられなければ、21世紀末には年平均気温が最大約4.5度上昇し、激しい雨の増加(日降水量200mm以上の日数が約2.3倍)や、強い台風の増加 、海面水位の上昇(最大約0.71m) が予測されています。

② 生物多様性の損失:「第6の大量絶滅時代」

  • 現在は「第6の大量絶滅時代」と呼ばれ、その原因は人間活動にあり、過去の大量絶滅よりも絶滅速度が速いとされています。
  • 資料では、陸域の自然生態系が初期状態と比べ平均47%減少し、調査されている種の約25%が絶滅の危機にあると示されています。
  • これは遠い問題ではなく、2023年度にクマ類による人身被害が過去最多(197件)を記録したことにも象徴されるように、人と動物の生息域の緩衝帯が失われつつある身近な問題でもあります。

③ 汚染:「終わっていない問題」と「新たな問題」

  • 世界の排水の80%が未処理のまま放出されているなど、基本的な汚染問題が未解決です。
  • 同時に、海洋プラスチックごみ汚染は深刻化しており、現在のビジネス・アズ・ユージュアル(BAU)シナリオでは、2050年には海洋中のプラスチック量が魚の重量を超えると予測されています。
  • そして、水俣病問題に象徴されるように、公害・環境行政の原点というべき課題も未だ解決されておらず、これらの取組をなお一層進めることが明記されています。

1-3. 密接に関連する経済・社会的課題

第六次計画の最大の特徴は、これらの環境危機を、日本の「経済・社会的課題」と本質的に相互に関連するものとして捉え、「環境政策を起点として、様々な経済・社会的課題をカップリングして同時に解決していく」という姿勢を明確にした点です。

計画が指摘する主な経済・社会的課題は以下の通りです。

① 人口減少と東京一極集中

  • 総人口は5年間で200万人減少し、2023年の出生数は史上最低(約76万人)を記録しました。
  • 一方で、人口の東京圏への集中は続いており、1888年(明治21年)に総人口の11.3%だった東京圏の割合は、2023年(令和5年)には29.3%に達しています。これは国土の持続可能性を脅かす大きな歪みです。

② 経済の長期停滞と「失われた競争力」

  • 日本の経済は長期停滞から抜け出せていません。一人当たりGDPの国際順位は2000年の世界2位から2022年には30位へと大幅に低下しました。
  • 一人当たり名目賃金の伸びも、1991年を100とした場合、他国が2倍、3倍に成長する中で、日本(赤色の線)はほぼ横ばいという異常な状態が続いています。
  • 特に注目すべきは「炭素生産性」(GDP/CO₂排出量)です。かつて日本は世界トップレベルの炭素生産性を誇っていましたが、現在はスイス、スウェーデン、フランスなどに大きく差をつけられています。これは、環境対策と経済成長が両立できていない(むしろ、環境対策の遅れが経済的競争力の低下を招いている)可能性を示唆しています。

③ イノベーションのジレンマと無形資産投資の遅れ

  • かつての「規格大量生産型の工業社会」という成功モデルから転換できず、「合成の誤謬」(企業が人件費や設備投資を抑制することが、マクロ経済全体には負の影響を与える)が発生している可能性が指摘されています。

イノベーションに不可欠な人的資本投資やマーケティングといった「無形資産投資」のGDP比が、先進国で最も低い水準にあることも、経済停滞の要因として挙げられています。


2. 第六次計画の目的とビジョン:「ウェルビーイング」と「循環共生型社会」

これらの深刻な環境・経済・社会課題を踏まえ、第六次計画は、その最上位の「目的」と目指すべき「ビジョン」を明確に再定義しました。

2-1. 目的:「ウェルビーイング/高い生活の質」の実現

第6次計画が打ち出した最大の転換点は、計画の目的を「環境保全と、それを通じた現在及び将来の国民一人一人の『ウェルビーイング/高い生活の質』」の実現にあると明記したことです。

これは、従来のGDP(国内総生産)に代表される「市場的価値」だけでなく、GDPには現れない「非市場的価値」(例:良好な環境、健康、安全、人とのつながり、主観的幸福感など)も含めた、総合的な豊かさの向上を最上位の目的に据えるという宣言です。

環境保全は、それ自体が目的であると同時に、国民の幸福度(ウェルビーイング)を実現するための「手段」であり「基盤」である、という位置づけが明確にされました。

2-2. ビジョン:「循環共生型社会(環境・生命文明社会)」

この「ウェルビーイング」を実現するための社会像として、第一次計画以来の思想を発展させた「循環共生型社会(環境・生命文明社会)」をビジョンとして掲げています。

これは、「環境収容力を守り環境の質を上げることによって経済社会が成長・発展できる」文明への転換を目指すものです。

①【循環】(≒科学):地下資源依存からの脱却

  • 化石燃料をはじめとする「地下資源」に過度に依存する現代文明から脱却し、太陽光やバイオマス、持続可能な形で利用される資源など、「地上資源」を基調とする経済社会システムへ転換することです。
  • これにより、環境負荷の総量を削減し、良好な環境を創出します。

②【共生】(≒哲学):生態系の一員としての自覚

  • 日本の伝統的自然観(自然を支配するのではなく、その一部として生きる)にも基づき、人類が「生態系の健全な一員」となることです。
  • これは、人と地球の健康を一体として捉える「プラネタリー・ヘルス」の考え方にも通じます。
  • また、「個人」の意識変革から、「地域・企業」、「国」、そして「地球」全体へと、同心円的発想で取組を進めることが示されています。

3. 基本方針:「新たな成長」への転換と「変え方を変える」6つの視点

第六次計画は、「ウェルビーイング」という目的と「循環共生型社会」というビジョンを達成するための基本方針として、「新たな成長」という概念を提示しました。これは、従来の「量的拡大」とは異なる、「質的」な成長を目指すものです。

3-1. 「変え方を変える」6つの視点

この「新たな成長」を実現するため、旧来の経済社会システム(大量生産・大量消費型)の発想から転換する、「変え方を変える」6つの視点が提示されました。これは、技術士が課題解決策を立案する上で非常に重要な指針となります。

1.ストックの重視
・(旧)フロー(GDPなど)への過度なこだわり 。
・(新)自然資本や社会関係資本といった「ストック」の充実が、将来のウェルビーイングの基盤となるという視点。
2.長期的視点
・(旧)短期的・利己的な視点(未来への投資不足、人件費抑制) 。
・(新)世代間衡平性や利他的視点に立った、長期的な視点での投資を重視する。
3.本質的ニーズの重視
・(旧)供給者の視点に基づく経路依存性(作りやすいものを作る)。
・(新)消費者・生活者の「本質的なニーズ」(安全・安心、健康、快適さなど)を起点とする。
4.無形資産・心の豊かさの重視
・(旧)モノの豊かさ、量的拡大の追求。
・(新)「心の豊かさ」や、環境価値・人的資本・ブランドといった「無形資産」を活用した高付加価値経済を追求する。
5.コミュニティ・包摂性の重視
・(旧)社会関係資本、コミュニティの劣化 。
・(新)コミュニティの再生や「公正な移行」 を重視し、誰も取り残さない包摂性を確保する。
6.自立・分散の重視
・(旧)東京一極集中、大規模集中型システムへの過度な依存。
・(新)地域の自然資本(再エネなど)を活かした「自立・分散型」の国土構造へ転換し、レジリエンスも確保する。

3-2. 基盤となる「シン・自然資本」

「新たな成長」の基盤として、「シン・自然資本」という概念が提示されました。

これは、従来の「自然資本」(森林、土壌、水、大気、生態系など)だけでなく、「自然資本を維持・回復・充実させる資本・システム」(例:再エネ・省エネ設備、ZEB・ZEH、循環経済システム、自然を活用した解決策(NbS)、環境教育を担う人的資本、ESG金融システムなど)を一体のものとして捉える考え方です。

第6次計画は、この「シン・自然資本」への大投資こそが、環境価値を活用した高付加価値化を実現し、「新たな成長」を牽引する鍵であると位置づけています。

3-3. 政策展開:「政府・市場・国民の共進化」

この壮大な変革は、政府だけでは成し遂げられません。第六次計画は、「政府、市場、国民(市民社会、地域コミュニティ)」の3つの主体が、互いに影響を与えながら共に進化していく「共進化」によって実現するとしています。

  • 国民:環境意識を高め(エンパワーされ)、環境価値の高い財・サービスを選択・購入することで、市場(企業)に変革のシグナルを送る。
  • 市場(企業):そのシグナル(本質的ニーズ)を捉え、環境価値を高めるイノベーション(無形資産投資や環境アセスメント)を起こし、新たな付加価値を創出する。
  • 政府(国・自治体):規制やカーボンプライシングによって市場の失敗を是正し、環境情報基盤の整備や「地域循環共生圏」への支援を行うことで、国民と市場の活動を後押しする。

そして、この「共進化」を実践・実装する具体的な場として、第五次計画から引き続き「地域循環共生圏」が重要視されています。


第1回のまとめ

今回は、第六次環境基本計画の「総論」として、以下の点を解説しました。

  1. 策定背景: 第一次計画から30年、深刻化する「3つの危機」(気候変動、生物多様性、汚染)と、それと不可分な「経済・社会的課題」(人口減少、経済停滞)への強い危機感。
  2. 目的: GDP偏重から脱却し、市場的価値+非市場的価値を統合した「ウェルビーイング/高い生活の質」の実現を最上位に設定。
  3. ビジョン: 地下資源依存から脱却する「循環共生型社会」への文明的転換。
  4. 基本方針: 「変え方を変える」6つの視点に基づき、「シン・自然資本」への投資を核とする「新たな成長」を目指す。
  5. 実行体制: 「政府・市場・国民の共進化」と、その実践の場としての「地域循環共生圏」。

次回(第2回)は、この基本方針(総論)を受け、具体的にどのような施策分野に注力するのかを示した「各論」である「6つの重点戦略」(経済システム、国土、地域、暮らし、科学技術、国際)の詳細について、解説を進めてまいります。

この記事を書いた人

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