技術士試験、特に必須科目Ⅰや総合技術監理部門の論文では、国の政策や社会動向を的確に捉え、技術者としての見解を論じることが求められます。その中でも、現在日本の最重要課題の一つである「GX(グリーントランスフォーメーション)」と「2050年カーボンニュートラル(CN)」は、全部門の受験者が押さえておくべき最重要テーマです。
本記事では、2024年末時点の最新の政府方針をまとめた資料を基に、このGX戦略を技術士試験の観点から徹底解説します。前編では「なぜ今GXが重要なのか」という背景と、それを支えるエネルギー政策の全体像を整理します。

【1】日本の国家的課題とGXの重要性
技術士論文では、課題の背景を「なぜそれが今、解決すべき課題なのか」という視点で深く掘り下げることが、説得力のある論述の鍵となります。日本のGX戦略は、単なる環境対策ではなく、国の存続と成長に関わる2つの根本的な課題を同時に解決するための統合的な国家戦略です。
課題①:気候変動問題への対応 ― 国際社会での責務と国民生活の防衛
「2050年カーボンニュートラル」や「2030年46%削減」という目標は、単なる努力目標ではありません。これには国際的な約束と、国内の危機という2つの側面があります。
- 国際的側面(パリ協定と国際競争): これらの目標は、気候変動に関する国際的な枠組みである「パリ協定」の達成に向けた、日本の国際公約です。世界各国が脱炭素に向けて動く中、日本がこの取り組みに遅れれば、国際社会からの信頼を失うだけでなく、経済的な不利益を被るリスクがあります。例えば、環境対策が不十分な国の製品に対して課税する「炭素国境調整措置(CBAM)」のような仕組みが国際的に導入されれば、日本の輸出産業は大きな打撃を受けかねません。つまり、脱炭素への取り組みは、未来の貿易・産業競争力に直結する問題なのです。
- 国内的側面(激甚化する自然災害): 近年、日本国内で頻発する豪雨、大型台風、猛暑といった異常気象は、地球温暖化との関連が指摘されています。これらは国民の生命や財産を直接脅かすだけでなく、社会インフラの寸断や農作物の不作などを通じて、経済活動全体に深刻な影響を及ぼします。気候変動対策は、未来の世代のためだけではなく、現代に生きる私たちの安全な生活基盤を守るための、喫緊の防災・国土強靭化対策でもあるのです。
この目標達成には、エネルギー分野だけでなく、産業構造、運輸、国民のライフスタイルに至るまで、社会経済システム全体の抜本的な変革が不可欠です。
課題②:脆弱なエネルギー需給構造 ― 国家の生命線「エネルギー安全保障」の確立
日本のエネルギー供給がいかに危ういバランスの上に成り立っているか、具体的な数字と事実で理解することが重要です。
- 極端に低いエネルギー自給率: 日本のエネルギー自給率は、約13%(2021年度)と、OECD諸国の中でも極めて低い水準です。これは、電力や熱を生み出す元となる石油、石炭、天然ガス(LNG)といった化石燃料のほとんどを海外からの輸入に依存していることを意味します。この「依存」は、国家の経済・安全保障上の最大のアキレス腱です。
- 地政学リスクへの脆弱性: 近年、ロシアのウクライナ侵攻などをきっかけに、エネルギー価格が世界的に高騰し、日本の電気料金やガソリン価格も大きく上昇しました。このように、海外の紛争や政治情勢の変動が、日本の国民生活や企業経営を直接的に揺るがすのが現実です。エネルギーの供給が途絶すれば、工場は止まり、社会インフラは麻痺し、現代社会はその機能を失います。エネルギーの安定的な確保、すなわち「エネルギー安全保障」は、まさに国家の生命線と言えます。

【2】GX実現の柱となる主要エネルギー政策の方向性
2050年CNという高い目標を達成するため、政府は各エネルギー源について明確な方針を打ち出しています。それぞれの役割と課題を正確に理解し、論文で具体的に言及できるようにしましょう。
①再生可能エネルギー:最優先で導入する「主力電源」
- 方針:再エネを日本の中心的な電源(主力電源化)と位置づけ、最優先で最大限の導入を促します。その際、国民負担の抑制と地域との共生を図ることが大前提とされています。
- 課題:再エネの導入拡大には、克服すべき技術的・制度的課題が存在します。
- 系統容量の確保・系統混雑の緩和:発電した電力を送る送電網のキャパシティ不足が大きな壁となっています。
- 調整力の確保:天候によって出力が変動する再エネを安定的に利用するため、その変動を補うための火力発電や蓄電池などの調整機能が不可欠です。
②原子力発電:信頼回復が前提の「脱炭素選択肢」
- 方針:原子力は、現状で実用段階にある重要な「脱炭素化」の選択肢とされています。ただし、その活用は社会的信頼の回復が不可欠であり、安全性の確保が最優先です。
- 課題:福島の事故を乗り越え、持続的に活用していくためには、多くの課題があります。
- 人材・技術・産業基盤の強化:将来にわたり原子力を支える専門人材の育成や技術開発が急務です。
- 次世代革新炉の開発:安全性・経済性・機動性に優れた新型炉の研究開発が進められています。
- バックエンド問題の解決:使用済燃料の処理・処分や廃炉といった、避けては通れない課題への技術開発が求められます。
③火力発電:安定供給を担う「脱炭素化への転換」
- 方針:火力発電は、現状では再エネの変動性を補う調整力として重要な役割を担っています。そのため、安定供給を確保しつつ、そのものからのCO2排出をゼロに近づける「脱炭素化」を図る方針です。
- 具体的な手法:
- 燃料転換:燃料そのものを、燃焼時にCO2を排出しない水素やアンモニアへ転換します。
- CCUS(CO2の回収・貯留・再利用):排出されたCO2を分離・回収し、地中に貯留したり、新たな製品の原料として再利用したりする技術です。

【前編のまとめ】
ここまで、GX戦略が日本の抱える2大課題「気候変動」と「エネルギー安全保障」を解決するための国家戦略であること、そしてその実現に向けた各電源の役割と課題を見てきました。
後編では、これらの政策を具体的に実行するための法的枠組みである「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」、そして2040年を見据えた未来図「GX2040ビジョン」について、さらに深掘りして解説します。








