【技術士試験】ホームズの推理:総監論文は5管理を並べてはいけない その3

―トレードオフから全体最適を導く答案の作り方

プロローグ:5管理を全部書いたのに、なぜ総監にならない?

~坂戸市、ベイカー街221B。ワトソンは満足そうに一枚の答案をホームズへ差し出した~

ワトソン博士

「ホームズ、ついに総監論文が完成したよ。

経済性管理。

人的資源管理。

情報管理。

安全管理。

社会環境管理。

ちゃんと5つ全部を書いた。

これなら文句はないだろう?」

シャーロック・ホームズは答案を受け取り、数十秒ほど黙って読んだ。

そして机の上へ戻した。

シャーロック・ホームズ

「ワトソン君。

君は5つの管理について書いた。

だが、総合技術監理については、ほとんど書いていない」

ワトソン

「何だって?

5管理を全部書いたのに?」

ホームズ

「そこが今回の事件だ。

総監とは、5管理を並べることではない。

5管理の間に生じる衝突を見つけ、それを調整し、業務全体として合理的な答えを導くことなのだよ」

前回までの記事では、技術士 総合技術監理が一般部門とは異なる試験であることを確認してきた。

最後となる今回は、いよいよそれを答案用紙の上でどう表現するかを考えてみよう。

第1章 総監論文を書く前に「5つの箱」を捨てる

総監の勉強を始めると、多くの受験者は5管理を分類することから始める。

これは間違いではない。

しかし、分類に慣れすぎると危険である。

例えば、ある事業でDXを導入するとしよう。

経済性管理では「生産性向上」。

人的資源管理では「人材育成」。

情報管理では「セキュリティ」。

安全管理では「事故防止」。

社会環境管理では「省エネルギー」。

こう並べる。

ワトソン

「それの何が悪いんだ?」

ホームズ

「それぞれ正しい。

しかし、互いに無関係だ」

総合技術監理で重要なのは、一つの施策が複数の管理へ同時に影響することを見ることである。

例えばDX導入によって生産性を高める。

経済性管理にはプラスになる。

しかし、新しいシステムへの教育が必要になり、人的資源管理には一時的な負荷が掛かる。

情報連携を増やせば、情報管理ではセキュリティリスクが高まる。

自動制御を増やせば、安全管理では誤作動やシステム停止への備えが必要になる。

ホームズ

「一つの行動を5枚のレンズで同時に見る。それが総監なのだ」

第2章 最初にやるのは「管理項目探し」ではない

ワトソン

「では問題を読んだら、最初に5管理へ分類するんじゃないのか?」

ホームズ

「その前にやることがある。

問題文の中で、何を達成しなければならないのかを特定するのだ」

例えば、令和8年度では地方創生2.0が題材となった。

ここでいきなり、

経済性管理では何を書こう。

安全管理では何を書こう。

と考えると、答案が5つに分裂する。

まず考えるのは、

自分が扱う事業や組織において、地方創生へどう貢献するのか。

これが中心である。

その目的を達成するために、

どの管理が関係するのか。

どこに障害があるのか。

どの管理同士が衝突するのか。

を後から見る。

ホームズ

「目的が先。

管理は後だ。

管理そのものを目的にしてはいけない」

これは非常に重要である。

5管理は答案の章立てではない。

問題を分析するための道具である。

第3章 トレードオフは「二つの管理を出せばよい」ではない

令和7年度、令和8年度の総監筆記では、異なる総合技術監理分野のトレードオフに留意することが明示されている。

ワトソン

「では、

『経済性管理と安全管理にはトレードオフがある』

と書けばいいんだな?」

ホームズ

「それでは名前を付けただけだ」

重要なのは、何と何が、なぜ衝突するのかである。

例えば、地方の公共交通サービスを維持するため、運行を効率化するとしよう。

運行本数を削減すれば、

経済性管理では費用を低減できる。

しかし、

利用者の利便性が低下し、高齢者の移動手段が失われる可能性がある。

また、人員を削減して少人数運営にすれば、

人的資源管理では要員不足を補える一方、

一人当たりの業務負荷が増え、安全管理にも影響する可能性がある。

ここで初めて、

経済性を改善すると、人的資源や安全に負の影響が出る

という具体的なトレードオフになる。

ホームズ

「管理名を書いたからトレードオフなのではない。

一方を改善した結果、他方が悪化する因果関係を書いて初めてトレードオフになるのだ」

第4章 さらに重要なのは「どう調整するか」である

ワトソン

「トレードオフを見つけられれば十分ではないのか?」

ホームズ

「それでは評論家だ。

技術者なら調整しなければならない」

例えば工期短縮と安全性が衝突しているとする。

悪い答案は、

「工期短縮と安全確保にはトレードオフがあるため、両者のバランスに留意する」

で終わる。

何も解決していない。

必要なのは、

工程をクリティカルパスから再検討する。

プレファブ化により現場作業を減らす。

危険作業と並行可能な作業を分離する。

要員を重点工程へ再配置する。

安全確認工程は削減しない。

など、衝突を緩和する具体的な管理方策である。

ホームズ

「総監では、『AかBか』を選ぶだけとは限らない。

Aを確保しながらBへの悪影響を減らす方法を考える。

そこに監理技術者としての価値がある」

これが全体最適へ近づくための調整である。

第5章 「全体最適」は全部を最大にすることではない

ワトソン

「全体最適なら、経済性も安全も環境も全部最高にすればいいんじゃないか?」

ホームズ

「そんな事業があるなら、私にも紹介してほしいね」

現実の技術業務には制約がある。

予算。

人員。

時間。

設備。

法規。

地域条件。

社会的要求。

限られた資源の中ですべてを最大化することはできない。

したがって総監では、

何を優先するのか

という判断が必要になる。

例えば重大事故の可能性があるなら、安全を優先する。

その結果コストが増えるなら、別工程の効率化や設備仕様の見直しで経済性への影響を抑える。

逆に、ごく小さなリスクに過大な安全投資を行えば、事業そのものが成立しなくなる可能性もある。

ホームズ

「全体最適とは、すべての要求を満点にすることではない。

目的と制約を踏まえ、全体として最も合理的な状態を選ぶことだ」

第6章 総監論文は「原因→施策→副作用→調整」で考える

ここまでを答案作成の型にすると、かなり整理しやすくなる。

まず、事業の目的と問題を把握する。

次に、その問題へ対する施策を考える。

そして、その施策が他の管理へ及ぼす負の影響を見る。

最後に、その影響を別の管理手段で調整する。

例えば人手不足対策として設備自動化を進める場合である。

問題

熟練技術者の減少により生産能力を維持できない。

施策

自動設備と遠隔監視を導入し、省人化する。

効果

人的資源管理では必要要員を削減できる。

経済性管理では長期的な生産性向上が期待できる。

負の影響

初期投資が増える。

情報システム依存度が高まる。

自動設備の異常時に対応できる人材が不足する。

調整

投資を段階導入して費用を平準化する。

アクセス制御とバックアップを整備する。

手動運転訓練を残し、非常時対応能力を維持する。

ホームズ

「どうだい?

一つの施策を中心に複数の管理がつながっただろう」

ワトソン

「これなら5管理を並べた答案とは全く違うな」

第7章 自分の事業から「国」へ視点を上げる方法

近年の総監筆記では、自らの事業や組織だけでなく、地域や我が国としての施策まで視点を広げる問題が見られる。

ここで急に抽象論へ飛んでしまう受験者がいる。

自分の事業では具体的だったのに、

「国はDXを推進する」

「産官学連携を進める」

「人材育成を行う」

となる。

ホームズ

「視点を上げることと、解像度を下げることは違う」

例えば自組織で、

「熟練技術者不足を補うため、遠隔支援と技能データベースを導入する」

としたなら、国レベルでは、

業界をまたいだ技能情報の標準化。

中小企業も利用できる共通デジタル基盤。

教育機関と企業を結んだリスキリング。

地域を越えた技術人材のマッチング。

などへ展開できる。

つまり、

自組織で見つけた構造的問題を、社会全体へ拡張する

のである。

ホームズ

「突然、評論家になってはいけない。

実務で見つけた問題のスケールを上げるのだ」

第8章 国策は「引用するもの」ではなく「読み解くもの」

令和6年度はカーボンニュートラル。

令和7年度は少子高齢化。

令和8年度は地方創生2.0。

近年の問題には国の重要な政策課題が強く関係している。

ワトソン

「では国の政策をたくさん暗記した方がいいな」

ホームズ

「政策名を暗記するだけなら、総監にはならない」

重要なのは、政策を5管理へ翻訳することである。

例えば地方創生なら、

地域産業や投資は経済性管理。

人材流出や担い手は人的資源管理。

DXやデータ連携は情報管理。

防災や交通は安全管理。

地域環境や持続可能性は社会環境管理。

というように、政策を管理上の問題へ変換する。

ホームズ

「政策資料から文章を借りるのではない。

政策の中にある管理上の問題を発見するのだ」

第9章 総監答案で避けたい「五管理巡礼」

ワトソン

「五管理巡礼?」

ホームズ

「私が今、名付けた」

総監答案でありがちなのが、

経済性管理について述べる。

次に人的資源管理について述べる。

次に情報管理。

次に安全管理。

最後に社会環境管理。

という書き方である。

一見すると総監らしい。

しかし、各管理の内容が独立していれば、総合されていない。

ホームズ

「5つの部屋を順番に訪ねただけでは、家全体の構造は分からない」

むしろ問題によっては、5管理すべてを同じ量で書く必要はない。

重要な管理を中心に置く。

必要な別管理を関連させる。

そして、その関係を説明する。

総監の答案で価値があるのは、

管理の数ではなく、管理間の論理である。

第10章 答案を書く前に作るべき「総監骨子」

ワトソン

「では、本番で何をメモすればいい?」

ホームズ

「文章を書く前に、最低でも四つ確認したまえ」

まず、

目的は何か。

次に、

主要な管理上の問題は何か。

次に、

施策によってどの管理が改善し、どの管理が悪化するか。

最後に、

そのトレードオフをどう調整するか。

例えば骨子なら、

目的
→ 地域交通を持続させる

主要問題
→ 利用者減少による採算悪化

施策
→ AI需要予測による運行最適化

改善
→ 経済性:運行効率向上

負の影響
→ 情報:個人データ利用拡大
→ 安全:システム依存

調整
→ データ匿名化・アクセス制御
→ フェイルセーフ・代替運行体制

と整理する。

ホームズ

「ここまでできれば、論文の論理はほぼ完成している。

文章は、その関係を読み手に伝える作業にすぎない」

エピローグ:総監とは「調整する技術」である

ワトソンは最初の答案をもう一度見た。

そこには、

経済性管理。

人的資源管理。

情報管理。

安全管理。

社会環境管理。

がきれいに五つ並んでいた。

ワトソン

「これは確かに、5管理の説明ではある。

でも、総合技術監理にはなっていなかった」

ホームズ

「そういうことだ」

ワトソン

「一つの目的を見る。

5管理で影響を調べる。

一方を改善したとき、別の管理に何が起こるかを見る。

トレードオフを特定する。

そして具体的な方法で調整する」

ホームズ

「そして最後に、業務全体として合理的な状態へ持っていく」

ワトソンは大きくうなずいた。

ワトソン

「ようやく分かったよ。

なぜ択一試験で、会計や労働法やセキュリティや安全や環境まで勉強したのか。

全部、筆記で事業を見るためのレンズだったんだ」

ホームズは微笑んだ。

ホームズ

「これで4つの事件が一つにつながったね」

総合技術監理とは何かを知る。

約1000のキーワードを5管理の道具として学ぶ。

筆記試験で社会的な複合問題を俯瞰する。

そして、管理間のトレードオフを調整して全体最適を導く。

ホームズ

「技術士 総監とは、何でも知っている技術者ではない。

異なる要求が衝突したとき、

何を優先し、

何を守り、

何を調整し、

どこに合理的な着地点をつくるか。

それを考えられる技術者なのだよ」

窓の外には、いつの間にか朝の光が差し始めていた。

ワトソンはキーワード集と過去問題を一つにまとめた。

今までバラバラに見えていたものが、ようやく一つの体系として見え始めていた。

私(匠)は『日本シャーロック・ホームズ・クラブ』の正式会員です。
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